第13話 大改修

 城造りにおいて、占領地の城を接収した後に行う改修作業は、まったくのゼロから城を設計するよりも負担が大きかったりする。

 地形に合わせて自分で設計するのとは違い、既に基礎となる部分は完成しているのだ。根本の設計思想が異なっているために、下手な改修を施せばその城が本来持っている機能を失いかねないリスクがあるわけである。

 だが、そこが面白いポイントでもあるのだ。築城者の設計思想を読み解き、いかにその良さを損なうことなく機能を強化するか。

 そして完全に上位互換となる城を造り上げた時、俺は先代の設計者を誰の目にも明らかな形で超えることができるのだ。城造りに命を懸けている者として、これ以上に名誉なことは他にない。


「さあ、ザルツ士爵。お前ならこの城の設計思想をどう読み解く?」


 イゼルローン城(他に名前があったらしいが、わかりやすいので便宜上そう呼ぶことにする)を前に、俺は城造りに初参加となるザルツ士爵に問いかけてみる。ここでどこに着目するかで、士爵の今後の出世への道が開かれるか、はたまた閉ざされるかが決まる――――というわけではないが、まあ彼の着眼点の鋭さを測る良い機会ではあるわけだ。

 ザルツ士爵の人事権を握る上司として、参考程度には考えておいて構わないだろう。


「は。端的に申し上げるならば、この城はにございます」


 城の俯瞰図を描きながらそう断言するザルツ士爵。その絵図を見れば、なるほど一目瞭然。真っ直ぐな通路はほとんど存在せず、ありとあらゆる区画が厳重に仕切られた上で枝分かれしている。これを初見で攻略するのは確かに至難の業に違いない。


「その通りだ。流石に簡単すぎたかな?」

「いえ、他にも注目すべき点はありますゆえ。悩むところはいくつかございました」


 ザルツ士爵の言うように、この城を特徴づける点は他にもいくつかある。たとえば山の斜面を利用することで自然に高低差を生み出しているし、目が行き届かなそうなところには広場を設けて死角を作らないようにしている。

 なかなかどうして立派な城だ。これは攻めるには少し骨が折れるかもしれない。ただ、この城には一つだけ欠点があるのだ。


「まあ……ろくな土塁すら持たない以上は、一概に名城とは言えないよな」

「せっかくの迷宮仕様ではありますが、正面突破されては意味が無いようにも思えます」


 小高い山の斜面を削って築かれたこのイゼルローン城は、その構造上の都合ゆえか土を盛って造成した土塁を持たない。当たり前だが石垣もだ。

 本来なら備えているべきその部分の機能を、すべて山の斜面に丸投げしてしまっている。むろん上手くやっていれば俺も悪くは言わない。発想としては面白いし、コストを掛けずに大きな城を作るにはなるほど確かに向いているからだ。


「けど、その斜面が簡単に登れちゃうようじゃ世話ないんだよなぁ……」


 イゼルローン城は見かけ上は山城ではあるが、厳密には城の体裁をなしていない。城とは本来、「城壁で囲われた拠点」を意味する。この城はただ単に「山の斜面に築かれた領主の居館」でしかないのだ。

 ゆえに俺は抜本的な防御力の強化を行うつもりだ。城を囲むように空堀を設置し、城壁は石垣を整備。尾根伝いに攻めて来られないよう、堀切もしっかり用意する。包囲された時の反撃拠点として出城を築くのも忘れない。


「ザルツ士爵。ゲルハルト・モーツァルトという工兵を呼んできてくれ」

「かしこまりました」


 ゲルハルトとは、以前「七連一夜城」を築いた時に見出だした土木魔法士の卵のことだ。あいつはなかなか良い線を行っていたし、鍛えれば化けると俺は踏んでいる。

 むさ苦しい男なのが残念極まりないが、どこの世界だって土に塗れるのは男の仕事だ。こればっかりは仕方がない。


 やがて連れてこられた哀れな小鹿のような顔をした青年(筋骨隆々)が、直立不動の姿勢で俺に敬礼してきた。


「ゲ、ゲルハルト・モーツァルトにございます!」

「ご苦労。今から築城作業に移るので、早速だが手伝ってくれ。ザルツ士爵は人足を手配するように。土に塗れるだけが築城じゃないぞ」

「かしこまりました」

「は、はいっ」


 ザルツ士爵に土木魔法の才能は無いが、工兵を動員する段取りを立てるのだって立派な築城作業の一環だ。彼には今後とも色々なところで役に立ってもらうつもりだし、このあたりで城造りのノウハウを会得しておいてもらおうと俺は考えている。


「石垣に使えそうな手頃な石を運ばせましょう。山がちで石材には事欠きませんゆえ、二日もあれば粗方のものは揃うかと存じます」

「調達できたものから順次持ってきてくれ。並行して作業を進めたい」

「承知」


 まあ、この分では問題なさそうだ。これで安心して弟子の教育に時間を注ぐことができる。


「ゲルハルト。お前、魔力はどの程度ある?」

「ま、魔力っすか? ええと……並みの魔法士三〜四人分くらいですかね」

「結構あるな」


 それだけあれば、一〇人分くらいの働きをしてくれそうだ。となるとこいつはいずれ、俺のいない時の現場監督を任せられるようになるかもしれない。なかなか楽しみな未来だ。


「よし、早速今から俺の築城技術をその目で見て覚えてもらう。見たらすぐにその場で反復練習だ。休んでいる暇は無いぞ」


 何しろ今は戦乱の時代。悠長に次世代の職人を育成している時間などこれっぽっちもないのだ。現場で上司と時間と資源の少なさに追われながら、生き残りを懸けて精一杯急成長してもらうより他にないのである。


「は、はいっ」


 貴族風の軍服をその場で脱ぎ捨て、動きやすいワイシャツ一枚になった俺は、ゲルハルトを連れて城全体を一望できる高台へと移動する。さあ、今日はこれから日が暮れるまで楽しい楽しい土木作業だ!











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軍略のリントブルム 常石 及 @tsuneishi

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