第12話 現状と今後

「四連一夜城を築くことでカスパー砦攻略のための兵を大幅に削減し、浮いた四〇〇〇強の兵を敵に攻城部隊だと誤認させつつ誘引。これを大規模会戦で一気に撃破……並の武将には取れる策ではありますまい。このザルツ、感服いたしました」

「大袈裟だな、ザルツ士爵」


 イゼルローン伯爵を討ち取ったことで旧イゼルローン軍の全軍を掌握した俺は、そのまま彼らを引き連れて北のイゼルローン領都へと進駐。そこで一時的な軍政を敷いていた。

 今は戦後の所領配分や論功行賞、敵方の家臣の処遇に、イゼルローン家の今後についてなどを決める軍議の最中である。

 粗方のところが煮詰まってきて場の空気が弛緩したところで、以前まではジークフリート警戒派だったザルツ士爵がそう口にしたのだ。


「決して大袈裟などではありませぬ。若はきちんと御当主様の意志を継いでおられるようだ」

「家臣の中でも立場のあるお前にそう認めてもらえたのなら、俺も領主代理冥利に尽きるというもんだ」


 リントブルム家の抱える家臣団の中で、爵位を持つはそう多くない。代表的な例を挙げればマリアの実家であるクラウゼヴィッツ子爵家や、ザルツ士爵家なんかがそうだが、他にはもう数えるほどしかいないのだ。

 ヨーゼフの実家であるヴァルター家や、東部ザクセン領境のオストへーエン城に詰めているアレクサンダー・メルケルのメルケル家、「アウゲ」の長官ハインリヒ・ハイドリヒのハイドリヒ家などは、貴族ではなく有力な土豪や貴族の血を引く平民が力をつけて家臣化した存在――――すなわち士族である。

 ゆえに家臣団内での関係性は実は平等ではなく、序列というものはきちんと存在していた。


 ただし、その序列を超越する存在がいる。むろん俺である。俺が重用すればそいつは序列に関係なく高い役職を得られるし、役職を得られれば家の序列はともかく個人としての格は上がるので尊敬もされる。

 そんな原理を利用して、俺は身分に関係なく能力や功績に応じて仕事を分配し、もって俺自身の権力基盤とするべく色々と工作してきたわけだが……。


「我が忠誠はこれからもリントブルム家と若に捧げるとお誓い申し上げます」


 こうして父上縁故旧体制側の家臣が俺につくと皆の前で明言したのは大きかった。このデモンストレーションによって、俺は領内での政治的地盤を確固たるものにできたわけだ。

 なるほど、ザルツ士爵の忠誠がリントブルム家に向いているのいうのも納得である。彼は「城好きのうつけ者」である俺に従って家臣が一致団結することが、リントブルム家の存続と領内の繁栄に最も確実に繋がると、ここまでの戦いの中で理解したのだ。

 であるがゆえの先ほどのパフォーマンスである。彼は俺に忠誠を誓う姿を他の家臣に見せつけることで、かつて懐疑派だった己の地位を保ったのと同時に、家臣団の結束すらも固めてみせたわけだ。功績、実に大なりである。


 ザザッ、と他の家臣らもまたこちらに向き直り、その場で頭を下げる。緩い地盤の上に立派な楼閣は建たない。こうして早いうちに足下を固めておくことができて僥倖だった。これならば――――俺は築城築城築城好きほうだいできる!!


「早速だが、東のベルリ家に備えて城を築きたいと思う」

「よろしいかと。ただ、ベルリ家の目をどう欺くかが鬼門ですね」


 隣に座るマリアが指摘する。形式的とはいえ、ベルリ家は同盟関係にある家だ。いずれどちらかが盟約を破ることは明白な薄い関係性でしかないが、それでも同盟は同盟。堂々と裏切るような真似をするわけにはいかない。


「良いんじゃないか? 別に欺かなくて」


 特に気負うこともなく、俺は続ける。


「俺が城好きのうつけ嫡男だってのは、近隣諸国の連中も知るところなんだ。対イゼルローン戦に勝ったせいでとしての評価は覆っただろうけど、城好きの噂をかき消すほどじゃない」

「……つまり単なる趣味として城を築き、あまつさえそれを吹聴して回ると?」

「そういうことだな。なんだったら招待してやってもいいぞ」


 ベルリ家のおかげでイゼルローンを打ち倒すことができ、その上素晴らしい城まで築くことができた。よろしければぜひご覧に入れたいのだが云々。

 ――――そうしてノコノコとやってきたところをブスリ、である。まあそううまくことが運ぶとも思えないので、あくまでこれは理想論でしかないわけだが。


「そうですね……。そのくらい勢いがあったほうが良いのかもしれません。わかりました。ジーク様の身に危険が及ばぬよう、改めて護衛に力を入れたいと思います」

「そうしてくれ」


 軽く肩をポンと叩き、マリアを労う。彼女にはいつも迷惑をかけっぱなしだが、それでもこうして尽くしてくれるんだから俺は幸せ者だ。


「さて、どんな城を作ろうかな?」

「弓をよ! 中から放ちまくれる城がいいぜ!」

「弓かぁ」


 己の要望を真っ先に叫ぶヨーゼフ。まあ今回の勲一等は間違いなくこいつだから、その意向に沿ってやってもいいかもしれない。

 ただ、一点だけ問題があるのだ。


「矢の残りが少ないんだよな」


 今回の大規模会戦により、我がリントブルム軍の保有する矢の数は一気に減ってしまった。ヨーゼフ率いる弓兵らに頼り過ぎた観が正直否めないのだ。

 弓は強い。訓練された弓兵による速射は遥か遠くから一方的に敵を討ち倒せるし、下手な弓とて前に飛びさえすれば「数射ちゃ当たる」戦法が使える。

 この時代、主力武器は間違いなく弓だ。弓なくして自領地の防衛はままならず、東部の平定もありえまい。


 ゆえに当然ながら、今までに築いていた城はヨーゼフの言う通り中から弓で敵を狙える構造にしていたし、広い世間を見てもおそらくそうでない城のほうが珍しいに違いないわけだが。


「……そ、そうなのか?」

「先の戦いまでのペースで消費を続けるならば、あと一回か二回戦えれば良いほうですね。早急に矢の製造に取り掛かる必要があるかと」


 騎馬弓兵隊長のくせに矢の残存本数を把握していなかったヨーゼフが、マリアの指摘に目を剥いて驚いていた。普通なら許されないほどの失態なのだが、こいつに関してはその分武功をあげているので誰からも表立った批判は出ない。まあ、呆れられてはいるが。


「よし、決めた。今度の城は矢をあまり使わずにすむ城にしよう」

「そんなぁ!」


 ヨーゼフが悲しそうな顔をして叫ぶが、残念。大男の悲壮な顔など見たところでまったく心には響かない。


「無い袖は振れん。こうなったら槍を活かす城を作ろう」


 それと並行して矢の製造も行わせたい。矢はシャフトと呼ばれる本体の他にも羽根ややじりなど、様々な部分からなっている意外と複雑な代物だ。しかもそれに加えて論功行賞の証拠とするために矢の主の名前を書き込む作業まで必要となってくるのだから、まこと使い捨てるには惜しいくらいである。

 消耗品ゆえに安定した生産体制が整っていないとすぐに数が減ってしまうし、少しでも製造に乱れがあると真っ直ぐ飛ばずに威力も損なわれる。正直に言って、戦時に急造したいものではない。


「槍ですか。でしたら長柄槍がよろしいですね」

「そうだな。あれなら弓ほどじゃないが、遠くから敵を一方的に突ける」


 以前、お試しで作った通常の槍の二倍近く長い槍がある。それを活用する時が来たようだ。


「それと矢のほうも、敗戦で職にあぶれたイゼルローンの職人に作らせてはいかがでしょう」

「なるほど、職人を抱え込んで味方に引き入れるわけだな?」

「ええ。勝ち戦で最も大事になってくるのは宣撫せんぶであると言いますから」


 占領地の民は大抵の場合、新たにやってくる支配者を不安視しているものだ。元敵兵に至っては命の奪い合いまでした不倶戴天の敵である。

 彼らの閉ざされた心をどうほぐすかが、戦後の処理に関しては最重要課題となってくるわけだ。

 マリアの言う通り彼らに仕事を与え、金を払い、生活を保障してやれば、少なくともある程度の沈静化は図れるだろう。その後はゆっくりと仕組みを整えて社会に取り込んでやればそれでいい。


「築城に、矢作りに、宣撫に、占領地経済の立て直しか。やることが目白押しだな」

「宣撫と経済再建に関してはお任せください」

「矢作りはオレが責任持ってやるよ。けど段取りとか怪しいから、補助を何人かつけてくれよな」

「では私は築城のお手伝いをさせていただければと」


 マリアにヨーゼフ、ザルツ士爵らが名乗りを上げて立ち上がる。

 今回のイゼルローン敗戦はベルリ家にとっても寝耳に水だったことだろう。だが事態が動いたとあっては彼らも座して待つわけにはいかない。ベルリ家、そしてザクセン家が行動を起こすまで残りの猶予はそう長く残されていないだろう。

 それまでに俺は旧イゼルローン領を固めて戦力を増強し、二家に備えなければいけないのだ。


「さてと、これから忙しくなりそうだぞ」


 そんな忙しさが不思議と嫌じゃない俺がいた。





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