第11話 リントブルム・イゼルローン戦役

 カスパー砦の北方に広がる、幅数キロほどの平坦な丘陵地帯。険しい山地を避け、両軍がぶつかるにはここしかないというのは素人目にもよくわかる立地だ。

 その丘陵地帯に今、二つの陣営が真正面から向かい合っていた。

 片やイゼルローン伯爵率いる四〇〇〇の兵。少数の騎馬と数多くの弓兵、槍兵、そして輜重兵らが規律正しく整列してこちらの様子を窺っている。

 もう片方は我がリントブルム伯爵軍のカスパー攻略部隊だ。むろん攻城の姿勢は偽装であり、砦を包囲していたはずの五〇〇〇のうち四五〇〇ほどが今こうして迎撃のために丘陵地帯へと進軍してきていた。

 イゼルローン伯爵はそれを見て、「リントブルム家はどうやら攻城戦を諦めたようだ」と受け取るだろう。もちろんそれが俺の狙いだ。


「こうして見ると、なかなか壮観な景色だな」

「この状況を作り出したのは、他でもないジーク様ではないですか」

「そうだったな」


 マリアの言葉に頷き、俺は改めて戦場を俯瞰する。

 目の前の光景だけを見るならば、わずかにリントブルム軍が優位という状況だろうか。カスパー砦からの反撃があれば、それだけで一気にイゼルローン優位に傾きかねないほどの危うい均衡でしかない。

 だがそれは演出された均衡である。現実は敵方にとって、そう甘くはない。


「敵はどうやらカスパー砦からの援軍を待っているようです」

「まんまと釣られたというわけか。……よし、それじゃあそろそろ両翼の兵を動かそう」


 丘陵地帯の左右に分けて潜伏させていた軍を動かし、敵を包囲するのだ。もうどこにも逃げ場は無いと連中に教えてやろう。

 俺は山側に向き直り、背後に控えていた五〇〇〇の軍勢に対して声を張り上げる。


「盤面は整った! これより敵を左右から包囲し、カスパー砦方面へと追い立てる!」

「「「おおおーっ!」」」


 続いて、リントブルム家の家紋である竜の絵が描かれた紅い旗を部下に掲げさせ、反対側の山に潜む仲間達へと合図を送る。この旗が掲げられたら行動を開始せよ、と向こうの指揮官たるザルツ士爵には命令済みだ。

 彼はこんなところで見落としをするような間抜けではない。出撃の時を今か今かと待っていたであろうザルツ士爵率いるもう五〇〇〇の兵は、こちら側の行動開始とほぼ時を同じくして山を駆け下りてきたのだった。


「こっちも負けてられないな。続けーッ!」


 戦装束に身を包み、騎乗した俺が先陣を切って突き進む。後に続く五〇〇〇の兵。先鋒集団を率いるのは俺とマリアだ。はじめ、この布陣を決定した時にマリアには大反対された。

 いわく「危のうございます! 御身に何かあってからでは遅いのです!」とのことであった。とはいえこれは俺の初陣の続きなのだ。天下人となってからならともかく、旗揚げしたばかりの駆け出し戦国領主代理がビビリのチキン坊主だと知れれば、もう誰も俺については来なくなる。それはリントブルム家の将来のためにも、何がなんでも避けなければならない展開だ。

 ゆえに俺は意地悪ながらこう返したのだ。


「俺のそばにはずっとマリアがいてくれるんだろう? ならどこに危険なことがある」


 そう言われれば引き下がるしかないのが護衛というものだ。むろんマリアに俺を守りきる自信が無かったというわけではあるまい。だが何事も絶対ということはない以上、俺への忠誠心から危ない真似をやめるよう忠告したわけである。

 だが危険な橋というのは百も承知。これは避けては通れない、通過儀礼なのである。


「全軍、進めェーッッ!」


 背中に深紅の軍旗を差し、軍刀を振り下ろして俺は叫ぶ。風魔法で己の声を戦場全体に響かせることも忘れない。むろん、敵も範囲内だ。吶喊とっかんする声を轟かせれば味方は奮い立ち、敵は震え上がる。


 我先にと山を駆け下り、両翼の山林から丘陵地帯へと飛び出すリントブルム軍の兵達。その数、合わせて一万。対する敵総力、四〇〇〇。

 不利を悟ったイゼルローン軍の動きは早かった。背後から倍近い兵に囲まれて、イゼルローン軍が生き残れるわけがない。

 となれば取りうる手段はただ一つ。未だ何の音沙汰もないカスパー砦の友軍と呼応し、正面の敵五〇〇〇と相討ち覚悟でぶつかってでもカスパー砦へと逃げ込むしかないのだ。


「かかった」


 背後から猛追する本軍おれたちには目もくれず、一目散にカスパー砦方面へと駆けてゆくイゼルローン軍。その足並みは揃わず、統率はもはや失われたに等しい。

 そう、実に射やすい烏合の衆がそこにはいる。


「放てェーッッ!」


 戦場に響くのは、我がリントブルム軍一の名弓士ヨーゼフの掛け声。


「「「オオオォッッ」」」


 それに呼応するは数にして三〇〇〇以上の弓兵だ。攻城戦ゆえに攻め手の弓士の割合は高くなるが、それはカモフラージュである。真の狙いはカスパー砦などではなく、こちら。イゼルローン伯爵率いる四〇〇〇の生贄てきである。

 空にもやがかかったと見紛うほどの密度で放たれる無数の矢。雨霰あめあられと降り注ぐ矢は次々とイゼルローン兵を射抜き、その命を奪ってゆく。


「ぎゃあああっ……助けッ……」

「あああ゛っ、痛いっ、痛いー!」

「ひ、ひぃいぃっ!」


 阿鼻叫喚の中、右往左往するイゼルローン兵ら。こうなったら勝敗は完全に決まったようなものだ。

 統率を乱し、戦列がまばらになったイゼルローン軍。結果として敵集団の中から、ひときわ目立つ青色の旗を掲げた身なりの良い男の姿が露わになる。

 イゼルローン伯爵だ。


 ひょう、と一本の鋭い矢が放たれた。弓魔法で射程と貫通力を強化された必殺の矢が戦場を縦断し、イゼルローン伯爵に突き刺さる。

 落馬する伯爵。どよめくイゼルローン軍。戦場が一瞬、沈黙に包まれる。


「イゼルローン伯爵、討ち取ったりィ!」


 ひときわ響く声を上げたのは、やはりというべきかヨーゼフだった。常人のそれよりひと回りもふた回りも大きな彼の弓は、二、三人ばかりで引いてもびくともしないと言われるほどの強弓である。

 その強弓に貫かれたイゼルローン伯爵の命は間違いなく潰えたことだろう。


「「「ワァアアァァッッ!」」」


 南北に分かれたリントブルム軍の両側から鬨の声が上がった。大将を討たれたことで戦意を喪失し、その場にへたり込むイゼルローン兵達。


 東部の覇者を決める戦いの序章、リントブルム・イゼルローン戦役は、ここにリントブルム側の勝利で幕を下ろした。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る