あなたの顔を醜く歪めたい

ぽぽ

第1話

 殺人鬼、といったら、大体が屈強で凶悪な人物を思い浮かべるだろう。なんせ人を殺すのだ。自分と同じ種族を。どんな理由があれ、それは大変に善くないことだ。

 無論、私も前まで、というかついさっきまでそう思っていた。常日頃からそんなことを考えているわけではないが、今までの人生経験からそう結論付けていた。

 しかし……今私の目の前にいる殺人鬼は、どてもそうは見えない。屈強そうな印象は一切無く、顔は凶悪というよりむしろ好青年だ。

「やっぱりさ、若い女の子が良いよね。男も、年老いた人も醜い。かといって若すぎるとだめだ。苦しみも死も知らないから、殺しても面白くない。だから結局、若い女の子、それも美人。それが最適解だと思うんだ」

 そう言う彼の声も話し方も、とても殺人鬼とは思えない。柔らかく、爽やか。受ける印象はそれが大半だ。

 しかし、うすら寒い感じもある。それは一割にも満たないものだが、その一割にも満たないそれが、彼を殺人鬼たらしめているものだろうと感じた。

「君は、どう思うかな」

 彼は私の方へ振り向き、そう問いかけた。顔には鮮血が飛び散り、手に持ったそれは血で塗れている。月に照らされたその顔は、氷のように冷たく、彫刻のように美しい。吸血鬼を彷彿をさせた。

「私は、そもそも死人は醜いと思います。だって、ほっといたら腐るし、青くて薄汚い」

 今彼の足元に転がっているものがそうだ。顔を苦痛にゆがめて、赤黒い血に体を濡らしている。

「そっか。君は、僕が死体が目的で殺してるって思ってるんだ。違うよ、僕は死に際の顔を見たいから殺しているんだ」

「それでも、私は醜いと思います」

 実際に、彼が殺した人もそうだった。本当に、醜かった。死の瞬間も、それ以前も。

「そっか……まぁ、普通はそうだよね。死は生物にとって最も恐ろしいことだ。それに向かっていく者の顔を忌避するのは、なんらおかしなことじゃない」

 彼は私に歩み寄って来る。カツ、カツ、という靴の音は、死へのカウントダウンに聞こえた。

「でも、君はそうじゃないんだろう?本当に、ただ醜いから醜いと思ってるだけだ」

 彼の言う通りだ。私は死を忌避していない。なぜなら……

「君はあの人を殺し、そして自分も死ぬつもりだった。そうだろ?」

 そう。私は殺しをして、自殺するつもりだった。

 いざ殺すとなった時に彼は現れ、あいつを殺し、そして私に向き合っている。

「だから、僕は君を殺さない。生に執着してない君は、殺す瞬間もつまらない顔しかしないだろうから」

 彼が私のすぐそばまで来た。座り込んでいる私を見下ろし、妖しく微笑んでいる。

「僕は死に際の顔を見たいから殺してる。けどね、その顔を綺麗だとは思わない。むしろ醜いものだって思ってる。生きてる人間の生の顔から、死にゆく人間の死の顔へ。その醜くなる変化が見たいから殺してる。美しい若い女性が良いと言ったのも、美しい顔が醜くなる、その変化が大きいからだ」

 美しいものが醜くなる変化が見たい。彼が言ったその動機は、私には理解できなかった。

「君は、きっと死ぬ瞬間も、氷のように冷たく、彫刻のように美しい顔のまま死ぬだろう。だから、僕は君を殺さない」

 彼は踵を返しながら、言った。

「少なくとも、今はね」

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