5

鳥の乙女は、その底の見えぬ大穴へと飛び立った。

光さえ届かぬ深淵へと降り立った彼女は、底──地の底にあるのは骨と腐り落ちた肉の山、その死の成す丘の上に、罪人共は居た。食い散らかされた生命の残骸、踏み付けられた祝詞の丘を彼女は浄化する。

罪人に赦しを与え、己の魂の内に取り込み輪廻の中へと還した。


しかし、罪人共へ赦しを与えた彼女は闇の中で朽ちた影に羽を奪われ、地の底へと縫い止められる事となった。

それでも彼女はただ、朽ちた者を思って涙を流した。涙は底に溜まり続けて、肉を離れた影が泳ぐようになっていった。

それが、この海。



それが、この国に伝わる歴史の全て。


「お前が知っていたのはこれが簡略化された物だろう。全て語れる者はほぼ居らん」

彼曰く、鳥の乙女を祀る教会の関係者に尋ねても知るものは居なかったらしい。僕もこの話を全て聞いたのは始めてだったし、長年疑問を抱いていた部分も話の中で描かれていたようである。

「だが、これは鳥の乙女の本当の話では無い」

解決したと言おうとしたところで、僕が口を開くよりも先にそんな事を呟いた。

「笑ってもいい」

少し前を往く彼の背中が、本来よりも小さく見えた気がした。










鳥の乙女は人柱だった。自ら飛び立ったのでは無く、飛べぬ者達の代わりに底の見えぬ穴へと突き落とされた。

理由は簡単だった、羽があるから飛べるだろう──その翼で戻って来れるのだから、お前が行くのが一番良いのだと、足に重りを付けられ放り込まれた。戻ってこさせるつもりなど、毛頭無かった。

光さえ届かぬ深淵へと突き落とされた彼女は、地の底に降り積った死骸の山、その生命の耐えた存在を尚も喰らい続ける罪人共を見た。食い散らかされる生命の残骸、崩壊した祝詞の丘を彼女は自ら喰らうことで罪人に赦しを与えた。

彼らの穢れた魂を、己の清い魂の内に取り込み、縫い止め、海の底で償わせる事にした。

そのまま輪廻の内に還してしまえば、惨劇はまた繰り返される。彼女はどんな罪人の内にも善性がある事を信じ、更生の機会を与えた。

──己諸共、暗い地の底に縫い付け、底の全ての時間を止めた。

それ以上に朽ちること無い空間を作り上げ、彼らが更生するその時まで彼女は待ち続けた。

彼女は自身を除いた、全ての生き物を愛していたから。


「それでも、罪人は変わらなかった」


彼らは彼女の魂を穢し続け、彼女は正気を失っていった。

壊れてしまった彼女は、遂に涙を流した。罪人は、涙を通して己の影を底へと放った。呪いを撒き、彼女の中で眠りに落ちた魚の影を呼び起こしてしまった。

その結果、肉を離れた影──俺が死骸と呼ぶそれが、涙の中を泳ぎ始めた。



「罪人共の最後の足掻き、それが魚だ」

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