秋の思い手

TatsuB

思い手

秋の風で、舞い散る紅葉が町を彩る頃、僕は再び彼女と出会った。

最後に会ったのは、ちょうどこの季節だった。高校時代の淡い思い出の中に閉じ込めたはずの彼女が、まさかこんな形で現れるとは思わなかった。

駅のホームで、どこか懐かしい気配に振り返ると、彼女がそこにいた。

深い赤のコートをまとい、風に髪をなびかせながら、僕に気づく様子もなくスマホを見つめていた。

あの頃の面影を残しつつ、少し大人びた彼女の姿に、僕の心は一瞬止まったようだった。

「沙織?」僕は、思わず声をかけた。

彼女は驚いたように顔を上げ、僕を見た。そして、はにかむような笑顔を浮かべた。

「久しぶり。元気だった?」

その声は、昔と変わらない優しさを持っていた。

僕たちは、短い挨拶を交わし、自然と一緒に歩き始めた。

しばらくの沈黙の後、沙織がふと呟いた。

「ねえ、覚えてる?高校の時、私たち手をつないで歩いたこと。」

忘れるわけがなかった。

文化祭の帰り道、夕暮れの中で、何気なく手を伸ばしてきた彼女の小さな手を、僕はしっかりと握ったあの瞬間を。

あれが、僕にとって初めての恋だった。けれど、その恋は告げられることなく、彼女は突然転校してしまった。

「うん、覚えてるよ。」僕は答えたが、その声は少し震えていた。

沙織は少し寂しそうに微笑み、「あの時ね、言おうと思ってたことがあったんだ。」と続けた。

「何を?」

彼女はしばらく黙っていた。足元に転がっていた落ち葉を軽く蹴りながら、ぼんやりと遠くを見つめる。

「ありがとう、って言いたかったの。あの時、君が手を握ってくれたこと、本当に嬉しかったんだ。私、ずっとあの日のことを思い出してた。あの手が、私を守ってくれた気がしてね...。」

僕は、何も言えなかった。沙織の言葉が、胸の奥深くに響いた。

「そうだったんだ...でも、なんで突然いなくなったの?」

彼女は少し困ったような顔をして、「...ごめんね、家の事情でね。急に転校しなきゃいけなくて、何も言えなかったんだ。」と答えた。

僕は頷きながら、彼女が握った僕の手の感触を思い出していた。あの時、僕も同じように感謝していた。彼女が僕に勇気をくれたからだ。

「もう一度、あの時みたいに手をつないで歩けるかな?」

僕は、勇気を振り絞って言った。

沙織は驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んで、そっと手を伸ばしてきた。僕はその手を、再びしっかりと握りしめた。冷たい風の中でも、彼女の手の温もりが心に染み渡っていく。

二人で歩く秋の街。

僕たちは静かに歩き続けた。秋の冷たい風が吹く中、彼女の手は思っていたよりも温かく、心地よかった。言葉は必要なかった。ただ、彼女と並んでいるだけで、心が満たされていくのを感じていた。

「ねえ、少し休もうか。」沙織がふと立ち止まり、近くの公園を指さした。

僕たちはベンチに腰掛け、秋の冷たい風を感じながら、しばしの沈黙を楽しんだ。


繋いだ手の温かさは、あの高校時代に感じたものと同じだったが、今の僕たちはもっと強く、深い絆でつながっているように感じた。

「ねえ、これからまた、私たち一緒に歩けるかな?」沙織が、少し恥ずかしそうに言った。

僕は迷うことなく頷いた。

「もちろん。今度こそ、ずっと一緒に歩いていこう。」

二人の手は離れることなく、ゆっくりと再び歩き始めた。

風が強く吹き抜け、木々の間から夕日が差し込んでいた。過去の悲しみも、後悔も、今はもう消えていた。

二人で手をつないで進むことが、これからの僕たちの未来に。

「幸せを感じると、明日が好きになれるね。」

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