一角獣のため息

卯月二一

一角獣のため息

 ある秋の晴れた日のこと、あまりぱっとしない地方のどこにでもありそうな公園を一角獣さんは散歩していました。彼は嫌なことがあると外に出てお陽さまの光を浴びることで、脳内のセトロニンの分泌を促すように心がけているのです。


「はあ……」


 誰も座っていないちょうどよい感じのベンチを見つけて座るやいなや彼はため息をつきます。


「どうしたのかな? 一角獣さん」


 振り返ると、立派なお髭の目つきの鋭いおじさんが立っていました。


「いえ、なんでもありません……」


「そうは見えないぞ。怪物と闘うときは自らも怪物にならぬよう気をつけなさい。深淵を覗きこむときは、深淵からも君は覗かれているのだから」


「えっ?」


「いや、これはいかんな。つい昔の癖が出てしまった。まあ、話してみなさい聞いてあげるから」


「ああ、親切な方なのですね。僕は見ての通りの一角獣です。ああ、よく知り合いのペガサスと間違われますけど、同じ馬でも彼には翼があって僕にはない。彼はギリシャ神話に登場して僕は旧約聖書とかかな。僕はユニコーンなんて呼ばれたりもします。でもそれが嫌なんです」


「神話、旧約聖書……。Gott ist tot. いや、それは間違いだったんだ。ああ、すまん。つい昔のことを思い出してしまった。いまは君の話しだったね。IT関連でユニコーン企業とか、ベースボールでもショウヘイがユニコーンだと讃えられていなかったかね?」


「ええ、でも……。Vtuber界隈では駄目なんです。厄介な存在として嫌われてるんですよユニコーンは。僕はそうじゃないのに……」


 お髭のおじさんはポケットからスマホを取り出すと、慣れた手つきで情報をChatナントカよりも素早く収集し理解しました。


「ユニコーンの伝承からだね。推しに処女性を求めるファンをそう呼ぶようになったと。略してコーン。んー、まあいい。彼氏がいるとかそれを匂わすだけでキレるとか大概だな。いや、Vtuberのコーンは男とコラボするだけで発狂だと!? あちゃあ、これは嫌われるな」


「いや、だから僕は違うんですって!」


 おじさんに残念そうな感じで見られたのを抗議する一角獣さん。


「ふむ。君は自分に翼でもあれば、ユニコーンではなくペガサスとして堂々と推し活に励めるのにと思っていたのだね」


「えっ、どうしてわかったんですか?」


「そりゃ、超人だし当然っしょ。君も超人を目指せばそんな小さな悩みなんてどうでもよくなるぞ。人は自らの弱さを誤魔化すために神を生み出した。だが、末人が溢れ、神が死んだ世界では自分に誠実に強く積極的に生きることが超人への道なのだよ」


「超人って、一角獣の僕でもその超人になれますか! いや、超人でなくてもペガサスに!」


「うむ。翼か……。この私の背にあるような」


 おじさんの背中に大きな白い翼が現れました。そして頭の上には神々しく輝く輪っかがありました。


「神は……」


 おじさんが何かを言おうとした瞬間その姿は消えてしまいました。ガッカリして一角獣さんその場を離れました。

 


  

 少し歩くと、お爺さんが木の枝で地面になにやら夢中で書いています。


「こんにちは。何をされてるんですか?」


「……」


「もしもーし!」


「ふぁっ! ああ、一角獣さんかの。どうしたのかな?」


「何をされているのかと思いまして」


「ああ、数学ですな。多変数解析函数といって……」


「なんだ数学かぁ」


「ふむ。そう、何だ数学かですな。ふふっ」


「数学じゃ僕の悩みは解けないですよね……」


「まあ、そうでしょう。ですけど何やら悩みがあると?」


 一角獣さんは、さっきのおじさんと話していたことをお爺さんに伝えます。


「ふむ。私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだと問う人に対しては、スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、スミレのあずかり知らないことだと答えて来たのですよ」


「スミレですか……」


 ふと足元をみると季節外れのスミレが咲いていた。一角獣さんが顔を上げるとお爺さんの背中にも大きな翼、そして頭の上には輪っかが見える。


「でも君の……」


 お爺さんも何か続けて言おうとした瞬間、消えてしまった。足元のスミレも消えていました。



 

「もしかして……」


 一角獣さんはこの公園に来るまで消えてしまったふたり以外、自分のことを見ていなかったことに気づきました。そういえば人間の街を歩いているのに誰も自分のことを驚かないし、だからもちろん大騒ぎにもならない。


 彼は公園の池を覗き込んでみました。そこには済んだ青い空一面にまぶしたようないわし雲は映っていますが、一角獣さんの姿はありませんでした。


「なんだ気づかなかったよ」


 そう呟き、自分の背中にあるそれを確認しました。頭の上のそれは自分では見えないので諦めます。でもおおよそのことは分かっています。


「悩んでたことが馬鹿らしいよ」


 そう言うと彼はひと羽ばたきして、秋のお空に消えていきました。


 

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一角獣のため息 卯月二一 @uduki21uduki

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