エピローグ

第105話

 二週間後の朝。陸上部指定のジャージに身を包んだ僕が家の玄関を出ると、そこで井上君が厳つく両腕を組んで待っていた。その姿は、大好きだったヒーロー番組の最終回を思い起こさせる。最終決戦に単身向かおうとするタイタンレッドの前に立ち塞がり、至高の戦いをしようじゃないかと息巻く敵幹部・ブラックデーモンのようだった。


「ついにこの日が来たな!」


 だが、そんな事など露とも知らない井上君は、ライバル感を剥き出しにした鼻息の荒さでそう言い放つ。僕は少々呆れつつも、この日を迎えるまでにできる限りの尽力をしてくれた井上君に感謝していた。


「先に言っておくけど、泉坂! 俺はこれっぽっちも手加減しないからな?」

「僕だって同じだよ。根本先生に口を利いてくれた事には礼を言うけど、だからって瀬尾さんや上代さんの前でみっともないところ見せたくない。それに……」

「それに?」

「僕にとって、今日は大事な日になりそうなんだ」


 今日の午前九時から、全国高校陸上大会の地区予選が始まる。その会場となるのは、あいつが入院している病院から百メートルと離れていない競技場だ。そして、午前十時から行われるあいつの手術に、父さんも母さんも付き添う事になっている。


「そうか、だったらなおさら負けられないな」


 どっちの意味で言ったのかは分からない。でも、井上君は僕の顔をまっすぐ見据えながら言った。


「うん、負けられない」


 僕は言った。


「まだ、どうなるかは分からないけど……勝負をする前に逃げ出すのは、ヒーローのやる事じゃない。だから、今はちゃんと向き合う事にしたんだ」

「やっとそう言ってくれたな」


 待ちくたびれたとばかりに、井上君が肩をすくめる。僕はそんな彼に苦笑いを浮かべてから、競技場への方向に向かって歩き出した。


 途中で、瀬尾さんや上代さんと合流する事になっている。今日の瀬尾さんは、いったいどんなしっぽを着けてきてくれるんだろう。


 僕はそれが心底楽しみで仕方なく、自然と足取りが速くなっていった。






(完)

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瀬尾さんはしっぽが欲しくてたまらない 井関和美 @kazumiiseki

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