第104話

気恥ずかしさで「泣いてない!」を繰り返していたけど、ふいに数日前の事を思い出してしまって、また僕は声を出すのをやめる。それを不思議に思ったのか、瀬尾さんは「キヨ君?」と首を傾げた。


「どうしたの?」

「……僕は変わったよ。少なくとも、立派なヒーローにはなれなかった」

「キヨ君?」

「上代さんから話は聞いたんだろ?」

「……うん、全部聞いた。大変だったね」

「……」

「側にいてあげられなくてごめんね、キヨ君」

「こればっかりは、さすがの瀬尾さんの明るさでもどうにもならないよ。でも、そう言ってくれてありがとう」

「……」

「タイタンレッドみたいに、強くて速いヒーローになりたかった。だから、地元の陸上クラブに入りたかったのに、それを邪魔した父さんとあいつが許せなかった……」

「……」

「この間、父さんと結構話したけど、今でも正直許せる気がしない。あいつの事も、今だって弟だなんて思えない。こんなのヒーローどころか、まるで悪役そのもの」

「そんな事ない!」


 それまで黙って話を聞いてくれていた瀬尾さんが、僕の言葉を遮った後、ぶんぶんと力強く首を横に振りながら言った。


「悪役だからって、本当に悪者とは限らないんだよキヨ君。自分の信念を貫く為だったり、大切な仲間を守る為に敢えてそうなった悪役だっていっぱいいるじゃない」

「……詳しいね、瀬尾さん」

「キヨ君がヒーローになるって言ってた日から、ずっと楽しみにしてたから」

「……」

「例えキヨ君が本当に悪役になったとしても、今からだってヒーロー目指せばいいじゃない。少なくとも私にとって、あの日私の夢を褒めてくれたキヨ君はずっとヒーローだったよ。だから、今までずっとこうしてしっぽを作ってきたんだから!」


 そう言って、瀬尾さんは部屋の壁中に飾られたたくさんのしっぽ達に思いを馳せるように目を向ける。僕もつられるように彼女の視線を追うと、そのしっぽだらけの壁の一面に、ふと紙のようなものが飾られているのが見えた。


 それが何かだなんて、何秒と経たないうちに分かった。記憶からすっかり消え失せていても、幼かった僕が瀬尾さんからもらった自画像をタイタンレッドの変身ベルトと同じくらい大切にしていたように、彼女もまたそうしてくれてたんだ。ヒーローになりたいと願ってやまなかった僕の自画像を。


「敵わないな、はーちゃん・・・・・には」


 僕が、たった今思い出した瀬尾さん……いや、初恋の女の子の呼び名を口にすると、彼女はこれまでになかったほど大きく両目を見開いてこっちを見た。


「キヨ君……?」

「仕方ないから、はーちゃんの夢の応援団やるよ。だから、はーちゃんも」

「当たり前だよ!」


 そう言って、瀬尾さんは僕に思いっきり抱き付いてきた。


「私はいつか必ず、一番大切なしっぽを手に入れて幸せになる! それで、キヨ君がヒーローになるのもずっと応援する!」

「うん……」

「キヨ君、大好き!」


 僕もだよ。たぶん、あの頃からずっと好きだった。だから、いつか僕がはーちゃんの一番大切なしっぽになりたい。


 そう言ってあげる代わりに、僕は初恋の女の子の背中をぎゅっと抱き締めた。

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