第42話
†
「どうして、あなたが泣くのよ……」
夕焼けの色が、また濃くなった。私達の足元にくっついている影も同じように濃くなって、そこを見つめるようにうなだれている直之の顔はまた見えない。でも、泣いているのはよく分かった。
いつの間にか、直之の土まみれの手も、私と一緒に詩織からの手紙を握っていた。その指先がプルプルと震えている。それに合わせるように、ひくっと直之の喉が揺れる音が聞こえてきたので、私はこの後に届くであろう彼の次の言葉を聞き逃がすまいと必死になった。
「……分からない、でも」
時間をかけて、返ってきた直之の言葉は一度切られた。私は待つ。ただ、静かに待った。
「帰ったら、もっと塔子と話がしたい。これからの事、ちゃんと」
やがて、振り絞るかのようにそう言い切った直之。私はほんの少しだけ直之の方に体を寄せると、「そうね」と答えた。
ねえ、詩織。今の私を見て、どう思う? 今度は私の番だよね?
私は茜色の空を少し仰ぎながら、心の中でそう話しかける。当然、返事なんてない。でも、何となくだけど、この空のどこかで、かつての友人が笑ってくれているような気がしてならなかった。
(完)
あの日の私に、しおりは挟めない 井関和美 @kazumiiseki
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