エピローグ
第80話
「……優太ちぇんちぇ、おはよ!」
今日の一番乗りは、双奈に連れられてきた双葉だった。いつもみたいに舌ったらずな口調だけど、後頭部にあるもう一つの口が何やらもにゅもにゅと動いているから、俺は双奈の方を思いっきりにらみつけてやった。
「この間、双葉に虫歯があるって言ったよな? 何で飴玉やってんだよ、双奈」
「失礼ね、飴じゃなくてキシリトールガムよ。それに
「お歯黒べったりの子孫の性質で、黒色にこだわりがあるんだよ。それを抜きにしたら腕はいい歯医者なんだから、さっさと行っておけっての」
「分かったわよ、家業主様。何よ、すっかりやる気出しちゃって」
やれやれと肩をすくめながらそう言ってくる双奈だが、どうも何か勘違いしてくれてるようなんで、俺は思いっきり否定する事に決めた。
「おい、言っとくぞ。確かに継承の儀式は受けたけど、あくまで就職できるまでの繋ぎだから。いい会社に内定決まったら、速攻でここはお役御免だよ」
「へえ、そうなんだ~。就活、次こそはうまくいくといいわね~?」
双奈の視線は、俺が今、手に持っている封筒の数々に向いている。どれもこれも昨日まで就職試験を受けていた会社からの形式ぶったお祈りプリントしか入ってなくて、双奈達が来たから破り損なってしまったものだ。
その事を察したらしい双奈は、さんざん俺をからかった後で仕事に向かっていった。それと入れ替わりに六郎がやってきて、「ちぇっ、今日は一番乗りじゃなかったかぁ」と残念そうに言いながらも、先に積み木で遊び始めていた双葉の横に座って「なあ、後でお絵かきしようぜ」なんて誘う。双葉は「うん、いいよ」と笑顔で答えていた。
もうすぐ他の「どちらとも呼べる子供」達も来るな。今日の午後は、どんな訓練にしようか。六郎はだいぶ首を伸ばす力を抑えらえるようになってきたから、今日は視力検査から先に始めるか。双葉は言わずもがな歯磨きの再指導で、それから比奈子は……。
その時だった。背中を向けていた庭の方から、ふいにつむじ風みたいな術の気配を感じたのは。
「……あの、すみません」
聞き慣れない、おどおどとした声。たぶん初めて綾ヶ瀬村に来たんだろうけど、あのクソジジイ。どうして庭に直結するような瞬間移動の護符を渡すんだよ。どんな場合でも、初めての場所を訪ねる時はまず玄関に立つのが礼儀だろうが。それとも何か? あやかしにそんなルールはないとでも言う気か?
「こちらで、あやかしの子孫をお世話してくれるって聞いたんですけど……」
何故か、ばあちゃんに会いたくて仕方なくなった。
なあ、ばあちゃん。今の俺を見て、どう思う? ばあちゃんみたいにうまくやれてるか? それとも……。
きっとこれからもいろいろ面倒事は起こるだろうし、何なら日常茶飯事的に辞めてやるって叫び出す事も多々あると思うけど。
でもまあ、今は。
「はい、やってますよ」
俺はくるりと庭の方を振り返る。六郎と双葉がそんな俺を見て、どこか嬉しそうに笑っていた。
「あやかしのお子さん、お預かりします」
(完)
あやかしのお子さん、お預かりします ~我が家はあやかし専用託児所~ 井関和美 @kazumiiseki
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