第79話

事が全てうまくいって、どっと疲れが押し寄せてきた俺は早々に寝てしまおうと思って、夕食後、すぐに自分の部屋に戻ろうとしたが、そこをジジイに呼び止められた。


 また面倒くさい事をのたまった挙げ句、最終的にはこの託児所を継げとか何とか言ってくるんだろうとか思っていたが、親父と母さんが見守る中、ジジイは意外な言葉を口にした。


「研修期間は終わりじゃ。もう好きにしていいぞ」

「……は?」

「健吾の職場復帰が正式に決まった。そうなると、もう今まで以上に兼業が難しくなるっていう話じゃからな。千年続いた綾ヶ瀬家の家業もついにしまいじゃ」

「それって」

「何度も言わすな、あやかし専用託児所はこの夏で閉める。面倒をかけてすまなかったの、優太」


 そう言って、ジジイは母さんが淹れた茶をゆっくりと啜る。親父も母さんも口々に「お疲れ様」とか「本当に悪かったな」なんて言うもんだから、俺は逆になかなか頭が回らずに混乱した。


 いや、何を動揺してるんだよ。俺の一番望んだ結果になったんじゃねえか。何か訳の分からない火事場の馬鹿力で牛鬼を跪かせるような事をしちまったけど、結局あれ以来そんな変な真似はできてねえし、勇気の為に書きまくった護符だって最後に力をこめたのはジジイだ。俺は大した事してない。何にもしてない。何者にもなれてない。あいつらにまだ、何にもしてやれてない……。


「……いいのかよ」


 気が付いたらそんな事を口走っている自分がいて、妙な気分になった。


「託児所閉めちまったら、六郎達とかどうすんだよ」

「家でもできる異能力の操作方法とか、人間の中で生きていく為の術とかを教えといてやるから、まあ大丈夫じゃろ」

「うちにある古文書とか成長記録ノートとかは……?」

「あやかしの存在が今の世に広まるのは得策ではないからな。焼却処分が妥当じゃろうな」

「あの和室はどうすんだよ、ばあちゃんの部屋は……」

「託児所がなくなれば、もう何の用事もなくなるじゃろ? 物置にでもしたらどうだ?」

「……」

「どうした、優太。ずいぶんと不服そうな顔をしておるの?」


 ジジイが不思議そうに首をかしげながら、そう尋ねてくる。……不服? そうか、今の俺、そんな顔してるのか。


「そうだな。そうかもしれねえな」


 無理矢理、あやかし専用託児所の家業主をやらされた。それもたった二ヵ月程度。心底嫌で、絶対に後なんか継がねえって思ってた。


 だけど、何でか分かんねえけど、今の俺は。


「……やれよ」


 俺は右手の甲にある風車の痣をジジイの目の前にかざしながら、言った。


「もうしばらく、受けて立ってやる。だから、さっさと継承の儀式って奴を始めろよ。俺の気が変わんないうちにな」

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