第78話
古文書によれば、アマビエはずいぶんと人間好きのあやかしだったみたいだ。災厄回避の予言、さらには万物の成長促進や治癒を司る異能力を持ち、それらを使って人間達の生活を助けるのが何よりの生きがいだったらしいが、千年前の争いに心を痛めてひっそりと姿を消してしまったという。
おそらくそのまま人間と結ばれて、甘木家という子孫を残したんだろうが、まさかそれが勇気の助けになるなんて。まあ、災厄や疫病を操る牛鬼の異能力とは全くの正反対なんだから、当然と言えば当然なんだろうけど。
「……皆様、本当にありがとうございました」
少し離れた所から事の成り行きを涙目で見守っていた由実さんが、遠慮がちに言ってきた。
「これで勇気とまた一緒に暮らせます。あの、それで牛鬼の血の性質に関しては、もう大丈夫なんですよね?」
「はい、大丈夫ですよ」
誰よりも早く、俺が答える。一昨日の晩、徹夜であやかし活性化取り消しの護符を大量に書かされたから今も腱鞘炎気味だし、今朝までそれをこのデザイナーハウスの床下に敷き詰める作業に追われてた。さっき志穂ちゃんの背中にあやかしの異能力を一時的だが最大限に高める護符も貼り付けた時も、どんだけビビった事か。このご時世、下手すればロリコン扱いなんだから、これくらい譲ってもらわないと割に合わねえよ。
「志穂ちゃんの無意識かつ強い異能力を日常的に浴び続けていれば、牛鬼の血の性質はぐっと薄まります。だからこの先、勇気は警察だって消防士だって、何なら志穂ちゃんちと一緒に医者やるのも夢じゃないですよ」
俺がそう言うと、本当に心底安心したのか由実さんは声を押し殺して涙をボロボロとこぼす。それを側で見ていた志穂ちゃんのご両親も「勇気君がそうなるなら、志穂の異能力もこれから徐々に落ち着いていく事でしょう。どうか末永くよろしくお願いします」なんて言うもんだから。
「おお、それは我とて心より望む事。我が先祖の初代牛鬼様のように、何度でも何度でも好いた娘を口説き落とし、やがては立派な番になれるよう、我らが全力で後押ししようぞ!」
「だから、ジジバカもいい加減にしろ!」
四本の足をカシャカシャと鳴らしながら、ひ孫の初恋を変な方向で応援しようとする牛鬼の頭を、俺は思いきり叩いてやった。クソ固い頭のせいで、腱鞘炎が悪化しただけに終わったが。
余談だが、この十五年後。俺の元に一通のダイレクトメールが届く事になる。
『初恋の女の子と結婚しました』
そんな一文が添えられた家族写真には、すっかり立派な人間の青年になった勇気と、その奥さんになった三つ編みがよく似合う女性。少しだけ老けた由実さんと女性のご両親。さらには異形の姿をしたひいじいさんが写っていた。
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