#9 ウミガメのスープをした~After~
さくらと雪乃の姿が教室から見えなくなってから、楓ははぁっとため息をついた。そして、頭に巻いた包帯を外す。
心配するって言われたし、これで隠すのはやめとこう……。
教室の窓に映る自分の髪型を見て、もう一度、先ほどより深いため息を落とす。前髪が綺麗なぱっつんに切りそろえられていた。
どうして、あんなことしちゃったんだろう。
昨日、楓は美容院に行って髪を切った。終わった直後、美容師に仕上がりを確認された時は気にならなかった。けれど、今日はなぜかどうしても前髪がいい感じに決まらないように思った。
だから、休み時間にトイレの鏡を見ながら、自分で切ったのだが……。
とにかく、包帯以外の方法で前髪を隠す方法を考えようと、楓は教室の中を見回す。
皆には、特にさくらには、こんなみっともない髪型は見せられない。
と、そこへ、自販機に行っていたさくらが、
「コーヒー買ってきましたよ、楓先輩」
缶コーヒーを持って教室に戻ってきた。
「ありがとう。それより、雪乃ちゃんは?」
楓は慌てて片手で前髪を覆い隠しつつ、もう片方で缶を受け取りながら、さくらに尋ねた。
「ああ、結局、雪乃先輩は自力で狙いのジュースが買えなくて……悔し紛れに間違えて買っちゃったジュースを飲んだんですけど、あまりのマズさでトイレに……」
そこでさくらは、楓が包帯を外していることに気づき、楓の顔――正確には、楓が手で隠している前髪――をまじまじと見つめ出した。
その視線に恥ずかしくなってきた楓は、前髪を隠したまま、さくらに尋ねた。
「そんなに気になる? それなら、いっそ見せてあげるよ。その代わり、絶対に笑わないでね?」
さくらには見せたくなかったが、このまま見つめ続けられたら、恥ずかしさでどんな奇行に走るか分かったものではないという判断だった。
「わかりました。絶対に笑いません」
さくらのその言葉を聞き、楓は少しためらった後、前髪を隠していた手をどける。
「ほら、これが二人の見たがってたものだよ。変でしょ?」
泉がそう自嘲すると、田中は拍子抜けしたような顔になった。
「そんなことないですよ。普通に可愛いじゃないですか。ちょっと、ガッカリですよ」
「……どういうことかな? それは」
「だって、あんなに見せたがらなかったから、もっと面白愉快な髪型になっているのかと思って……」
「……いや……こんな髪型、私には似合わないかなって……」
恥ずかしそうに俯く楓に、さくらは、
「大丈夫。さっきも言いましたけど、可愛いですよ。それに、もしも、面白愉快な髪型になったって先輩は先輩なんですから、最初から隠す必要なんて無いじゃないですか。おかしな人ですね、先輩は」
そう言って、楓に微笑みを向けた。
その微笑みを見て、楓は前髪を切りすぎたことを気にしていた自分が急にアホらしくなった。
今思えば、確かに最初から隠す必要は無かったな。
楓はもう一度、はぁっと、大きな息を吐き出したのだった。
今日、紅葉はクラスの友人と遊びに行き、卯月は運動部の助っ人として練習に参加していて欠席だ。
こんな風に、必ずしも全員が毎日揃うわけではないけれど、日常部五人の日常はゆるく続いていく。
暇な時間、部室で 風使いオリリン@風折リンゼ @kazetukai142
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