第81話

 ものも言わず両手を握りしめるプレヌを、ロジェは横からそれとなく窺った。

 どう考えても彼女が好むような話ではない。

 気分を悪くさせただろうか。

 どうしたものかと思案する。



 事実を言ってしまえば、冷たい土の下などではなく、他ならぬ今ここにその私生児は存在しているわけだが、無論絵画の中に人をひっぱりこんだ覚えなどない。

 勝手気ままに語られる噂などもののうちでもない。

 生命の危機を感じる暴行や、未だ蘇る悪夢に比べたら。



 この話がそういうとるにたらないものだということを、どう説明しようかと思考を巡らせるうちに返ってきたプレヌの反応は、予想とは異なるものだった。



 両手を握り込み、絵画を見つめるアップルグリーンの瞳に、恐怖はない。



「その話がぜんぶほんとうとは思えない。……けれどもし、その子の存在がほんとうなら」

 少しの憤りとそして、限りなく広がっているのは。


「お墓から掘り返して抱きしめてあげたい」

 哀しみ、だろうか。

 これまでになかった反応を宿した瞳を前に、どこか信じられないような想いが、ぼんやりとロジェを満たしていく。



「……こわすぎだろ」



 胸にうずまく感情を説明できなくて、でてくるのはいつもの軽口。


「だってそうじゃない。実の親からそんな扱いを受けて。……死んでも死にきれないわよ」

 途方に暮れたように、瞳が伏せられた。

「そりゃ世界を呪いたくもなるわ」

 まるでその私生児が目の前にいると知っているかのように。



 さいしょは一粒。

 そして三粒。

 雨の降りはじめのような笑いが、ロジェを襲った。

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