第80話

「結婚しても、あなたは浮気なんかしたら嫌だからね?」 

「もちろん。ヴェルレーヌ社長みたいなことはしないさ」

 またひときわ大きな笑い声を残して、二人は行ってしまった。



 なんだったのだろうと、プレヌはしばらくカップルが消えたさきを見つめる。

「これが呪いの絵だとか、言っていたけど……」

 訪れたのは、どこか重々しい沈黙。

 プレヌの肩を支える手を離しながら、しぶしぶといったように、ロジェが口を開いた。

「……ヴェルレーヌ一家には、ここの絵に映る人たちの他に、存在を隠されたもう一人の家族がいる。そういうことを囁く人たちがたまにいる」



「……怪談?」

 違う、と応じたのは低く、地べたに落ちていくような声だった。

「まことしやかに囁かれてる噂。……怪談よりもっとおぞましいかもしれない。つまり、社長には隠し子がいたっていう話だ」

 前かがみになり、プレヌは眉を顰めた。

 大衆が飛びつきそうな話題ではある。



「ゼフェル・ヴェルレーヌ社長は経営や人の扱いにおいても冷徹で有名で、自分の過ちで生まれた子の存在を認めず、食事も与えず労働させ、ついには生き埋めにした」

 なんの感情も混じえずに、淡々と語られる話になぜか、寒気がする。

「それで、絵に触れると存在しないはずのその子に引きずられ絵画の中に連れ去られてしまうとか。くだらない話が出回ってるんだ」



 ロジェは興味なさそうに語るがなぜか、プレヌにはそのまま受け流すことができなかった。

 そんな、話があるのか。

 栄えある宝石ブランドを築いた一族に――。

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