第79話

 宝石社の庭を捜索したあと休憩用の小部屋でロジェとプレヌは一息つくことにした。

 きらびやかなジュエルが所狭しと並ぶ部屋部屋を通り抜けてきた中で、シックなウィスタリアのカーテンと壁画で統一されたこの部屋は独特な雰囲気がある。



 奥の壁一面に飾られている家族の肖像画。

 鷹のように鋭い日をし、礼服に身を包み屹立している現社長と傍らのソファに腰かける豪奢なドレスを纏った社長夫人、その隣に立ち母に手をかける跡継ぎの長男。

 宝石社の主であるヴェルレーヌ一家が描かれている。



 あえて古風な油絵で描かれているそれは、どこか厳かな雰囲気をかもしだしていて、しばし見返してしまう重厚さがある。

 ロジェの隣、プレヌはしばらく長椅子に腰かけて、絵画を見上げていた。



 ふいに甲高い笑い声がして見ると、やたらと現代風なカップルが部屋に入ってくるところだった。

 女性のほうは薄手のワンピースドレスを身に纏い、人目もはばからず男性にしなだれかかっている。

 彼らはプレヌのすぐ隣にだらしなく腰かけた。



「疲れちゃった~」

「マリー。あれだけ買い物すれば当然だよ」



 二人はしばらくお互いの頬や肩にべたべたと触れると、ふいに男性のほうが声を上げた。

「おい、その絵」

 彼が指示したのは、マリーと呼ばれた女性がもたれていたヴェルレーヌ家の絵画だった。

 女性は分厚くシャドーを塗った目を見開く。



「うっそー。噂の呪いの絵じゃないの! へぇぇ、ここにあるんだぁ」

「よせよせ、絵の中に吸い込まれるぞ」

 男性のその口調は警告というよりたわむれにからかうようであり、二人はきゃははと笑い声を上げる。



「あの噂ほんとなのかしらぁ? ヴェルレーヌ家に存在する私生児の話。この絵の奥に実はいるっていう!」

「都市伝説みたいなもんじゃないのか。それとも、名高いヴェルレーヌ社長もやっぱり好色だったってことかな」



 下卑た笑いが小さな部屋にまんべんなく伝わる。

 思わず、プレヌは頬をこわばらせた。

 話の内容はよくわからないが苦手な空気にこわばらせた肩を支えるように、さりげなく回された手。

 それがロジェのものだと認識したときには、そっとその上に手を重ねていた。

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