第73話

 ヴェルレーヌの規模は宝石店というより百貨店というほうが近い。

 ステンドグラスとガラスが交互に連なる広大なドーム。

 屋根から下は吹き抜けになっていて、真下は一階のエントランスと、イタリアの人気職人によるジュエル作品の他、スカーフや手袋といった装飾品の類も展示されている。



 ドームをぐるりと囲むのは、劇場のボックス席のように三段に連なる、職人やデザイナーごとに区分けされたコーナー売り場であった。



 人魚の涙だの、虹の女神イリスの冠だの、そうそうたる名のついたアクセサリーが展示されているフロアを脇目も振らず突進するプレヌを追いながら、スーツの首元をモスグレイのスカーフで埋めたロジェはやれやれと息をつく。

 ゴールドダイヤを胸元に飾った空色のドレスに、ラメを散らした雪のようなケープもつけ、いつものハーフアップのトップから涙型のサファイアとトルマリンを垂らしている彼女のことを、すれ違う人々がときたま振り返って見ていることに当人はまるで気づいていない。



「エスポールが興味を示すのは高級品の中でも高級品のイタリアコーナーかしら。いえ、それより、トルコの海色の石なんかをつまんで掲げたりしてるイメージもあるわ。愛人にブルーダイヤを作らせるくらいだし、オーダーメイドを頼んでいるかもっ」

 死んだ母親にだって言ってるのに。

 ゆるやかに波打つ前髪に手でひさしを作り、目を皿のようにして一つ一つ、コーナーを探し出すプレヌに、

「最先端のアクセサリーに、ちょっとくらい興味ないのか」

 そんなことを呟いてみると、目を瞬かれ、決まり悪そうに斜めを向かれる。


「……ちょっとでも宝石に見惚れたらあなた『買ってやるよ』とか軽く言い出しそうで」

 不本意そうに、ロジェは目をすがめた。

 あたってはいるが。

「言っちゃだめなのか」

 ショールがかかった両手をプレヌは腰にあてた。



「世界各国から注文を受ける料理人がどれだけお金持ちかは知らないけれど、無駄遣いはだめよ。人生、いつ窮地に転んで入用になるかなんてわからないんだから」

「はぁ。なんか知らないけど、きみの口から聞くと妙に説得力があるな」

 ロジェは肩をすくめ、豪奢な店内をぐるり仰いだ。

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