第5章 まっとうすぎて変わってる

第72話

「ロジェ! ヴェルレーヌ宝石社に行きましょう!」



 翌日の朝一番、たまには春の庭にでも出て見るかと気まぐれを起こして部屋を出たロジェを回廊で捕まえるなり、プレヌは意気高く言った。



「エスポールはきっと今、雇われ先のヴェルレーヌ宝石社にいるんだと思うわ!」

 薄紅の頬に、アップルグリーンの目まで、快晴のジヴェルニーの絵画の青でも映したかのように色づいている。

「なんでまた」

 怪訝そうに瞬きするロジェの面前にプレヌがつきつけたのは、今朝届いた手紙の封筒だった。



 差出人はエスポール・ディアマン。

 ヴェルレーヌ社の通りを挟んで向かい側、オペラ座界隈にある郵便局の消印が堂々と押されているのを見て、くるりとプレヌに背を向け、ロジェは頭を抱えた。



 しまった。

 父の呼び出しヴェルレーヌ邸に応じたさい、ついでに近くで手紙を出してしまったことが、かくのごとく結果を生むとは。


 正直実家にいい想い出などないし、家を出てからは仕事以外で立ち寄ったことはない。気は進まないが。

「なにか大変な仕事を命じられたらしいの。手紙に詳しくは書いてないけど、きっと奴隷船にまつわることよね。彼が苦しんでいるとしたら助けなくっちゃ!」

 ドレスの袖をまくりあげ、闘志を見せるプレヌに対する反論の言葉はついに浮かばなかった。

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