第67話

 モンマルトルの丘を少し下ったカフェのアウトサイド席にて。

 ロジェは一人寂しくティーカップを傾けていた。

 その恨めしげな視線は、通りを一本挟んだ向こうの、小洒落たもう一軒のカフェの赤枠の窓の向こうで話し込む男女にある。



「……なんで丘のふもとのカフェに移動して小一時間も話し込む必要があるってんだ」

「まぁ、ロジェ」

 向かいのカフェからようやく出てきたプレヌが、目を丸くして駆け寄ってくる。

「まだいたの? さきにホテルに戻って休んでてくれてよかったのに」

 味の感じない舌になぜかカフェインのほろ苦さが存在する気がする。

 会計を済ませ、店の外の通りに出ながら、ぼそりと言葉をこぼす。



「どうせ余計な虫ですよってんだ」

「? あなた、なにを怒ってるの?」

「怒ってなんかない」

 怪訝そうに首をかしげたあと、魔性の天使はころっと笑顔になった。

「エルネスト先生ってとてもいい方ね。いろいろ教えてもらって得しちゃった」

「それはよかったな」

 まるで棒読みの答えに、さすがにプレヌも不満そうに口をとがらせる。

「ねぇ、さっきからどうしちゃったの? ぜんぜんよかったと思ってる言い方じゃない」

 しばらくのしかめっ面ののち、

「あ」

 プレヌは思いいたる節があったとばかりに口を開いた。

「わかった」

 ふふっとおかしそうに笑われて、心底肝が冷えた。



 ――こいつ、確信犯なのか。

 こんなに無邪気そうな顔して。いやまさか、わかっててやってんのか。

 だとしたらオレすげーださいじゃないか。

 見事手玉にとられてたとか、そういうことか?

 信じがたいけど、そうでもなきゃこんなふうに勝ち誇ったように笑うはずがないではないか。

 少なからぬショックを受け、ロジェが思わずテーブルに手をついた、直後。

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