第66話

 一通りのエルネストの自己紹介に、プレヌはその瞳を輝かせる。

「お医者様なんですか。それでソルボンヌでも教鞭を。へぇ~」

 うわずる声が少し意外で、ロジェは目を見開く。

 プレヌもやはり、優秀な美青年には弱いのか。

 まぁ、そうなのだろう。

 エスポールにしたってハードルガン上げで、勝手に美男の設定にされているし。



 出会いの握手ののち、プレヌはにっこり笑って名乗った。

「プレヌリュヌ・コルネイユです。ロジェとは――ちょっとわけあって、ええとそう、旅仲間です!」

「いろいろ複雑でさ。説明すると長くなるんだ」

 やんわりと付け足すロジェに、エルネストは不敵な笑みを向けた。

「みなまで言うな。見ればわかる」

「え?」

「え?」

 顔を見合わせるロジェとプレヌ。



 エルネストは瞠目するプレヌの手をそっと持ち上げた。

「あなたのような可憐な方が大切な親友を選んでくれて、ほっとしています」

 そして、その甲にそっと唇を寄せる。

「ま、まぁ。可憐だなんて……」

 ロジェは頭を抱えたくなる。

 完全に誤解された。

 ついでにプレヌがぽっと頬を染めているのがなんかおもしろくない。



「相変わらず口がうまいな、エルネスト」

 むっと我に返ったプレヌが頬を膨らませる。

「ロジェ、それどういう――」

「大輪の花を可憐だと愛でて悪いことはないだろう」

 平然と言い切ったエルネストにロジェが口を開け、プレヌはすっかり気をよくしたのかその腕に手を預けた。

「ねぇエルネスト先生。わたしお医者様にお訊ききしたいことがあるんです。ロジェなんかほっといて、あっちでお話しましょ」

「えっ」

 ぎょっとした声を上げたのはロジェだ。

 もちろん、と応答したエルネストと並び歩くプレヌを後押しするように、春風が吹く。

 ロジェはその場に立ち尽くした。

 春風なのにどうしてか、冷たい。

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