第53話

大切なエスポール


 ロジェはとてもお料理上手です。

 バラの花びらのようなタルトのつややかさ、口に入れたときの酸っぱさと直後に広がるまろやかな甘み、すかさず味を引き締める生地のチョコレートパウダー。あぁ、ケーキの鮮度がかくも短命でなければ、あなたにもお送りするのに!



 旅のパートナーとの相性は悪くないようで、彼と話していると不思議な感覚に陥ります。

 言葉がすらすら出てくるんです。彼の手の中で転がされている感じがするわ。そのくせ滑り心地は決して悪くないの。

 まさにたったいま彼の手にかかったフライパンの上で滑るバターになった心境です。

 ずっと自分の心だけで持っていたものを、気づいたらわたしは見せてしてしまっているの。



 そのくせ、彼のことはなにも知らないんです。言うのを避けているみたい。

 過去にどこにも出されることなく喉の中で滞っていたわたしの想いをあの人がほぐしてくれるように。あんなふうにたやすく、あの人が抱えているものもほぐせたらなんて。

 そんなふうに思うのは傲慢でしょうか。


 プレヌリュヌ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る