第50話

「だいたいがおかしいだろ。夫に殴られどおしだったっていうなら、親や家族は、なんにも言わなかったの」

 かちゃりとティーカップを膝の上に持ってきて、プレヌはずんと肩を落とす。

「うん。実を言うと、家族もあの場にいたんだけど」

 これには思わず、傾けかけたカップを止めた。

「は? なんだそれ」



 目の前で実の娘が殴られているのを静観していたというのか。

「……家には戻ってきてほしくなかったみたいで」

 あいまいにぼかされるが、あいにくと追及の手を緩める気はなかった。

「あのとききみは抵抗しなかった。片手一つすら上げなかったんだ。無意識だろうけど身をかがめて、防御態勢をとって。あの姿勢は――殴られ慣れてる人間のかまえだ」

「……」



 虐げられてきたのかという暗に託された問いに対する沈黙は、肯定の証。

「身体的な体罰は、結婚前もあったから」

 ごく小さく呟かれた言葉に浅からぬ沼のような境遇を見る。

「家族からってことか。いったいどうして」

「……令嬢らしくない労働をした」

「そんなことで両親が実の娘を?」



 ロジェの隠せない指弾のまなざしを受け、プレヌはどうにかといったように微笑んだ。

「わたしも頑固で、表向きは素直に謝っても、いつか自立するために働くのはやめなかったから。……でもたぶん、決定的な理由は」

 小さく竦められた肩を、沈んだ表情を見ていられないような――ロジェはかつてない気持ちになる。



「わたしの一族にはみんな、少し特殊な才能のようなものがあって。わたしはそれを受け継がなかったの」

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