第47話

「自分だって相当な目にあってるくせに、どこまでも理想論保持者だな」

 どこか困ったように、天井に備え付けられた棚に目をやりながら。

「希望的観測と夢とロマン。きみの理論の構成要素はそんなとこだ。砂糖菓子並みに甘くて実用性がない」



 下された忌憚ない見解に、開きかけた口を、プレヌはつぐむ。

 反論できなかった。



「けど」

 弾かれるように顔を上げれば、彼と視線がかち合う。

 控えめな光を放つ、琥珀のその目は思いのほか優しく細められていて。



「オレは好きだよ」



 どくんと心臓が跳ねあがる。

 草原の小動物のように目を見開くプレヌを見て笑い、ロジェはとんとんと指先で口元を叩いた。



「キスしたい唇になってる」

「……?」



 口元に手をやろうとするが、歩み寄って来た彼の指先のほうが早かった。

 唇をなぞる優しい感触。

「ひ。ひゃっ」

 数秒後には、指先についた白いクリームが目の前に現れる。

「どんぐりまなこじゃ台無しだぜ」

 くすくすと笑う彼に、プレヌは拳を振り上げた。

「からかったのね。もーっ」

 だがなぜか怒りきれず、ふっと肩を上下させると、

「ロジェも食べましょ。すごくおいしいわ」



「――あ」



「?」

 また優し気に微笑むと、彼は手を振った。

「オレはいいんだ。甘いものそんなに好きじゃないから」

 踵を返した拍子に、穏やかな琥珀の中にまた苦味が揺れた気がして、なんだか気になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る