第45話

 こと、こと、と、保存用棚にタルトを乗せる機械的な音が響く。

「控えめにそう書いてたけど、相当苦痛なんじゃないかしら――」

「そんなにそのダイヤモンド野郎が大事?」

「呪いのホープダイヤ。エスポール・ディアマンよ、変な言い方しないで」



 きっちり訂正したものの、保存庫のほうからふいに投げかけられた問いは、プレヌを余計にしみじみとさせた。

「……わたしが、異国へ船を出してって助けを求めたとき、お心をお察ししますって言ってくれたの。時間はかかるかもしれないけれど協力するって」



 ちょんちょんとフォークでつつくと、紅くコーティングされた桃の下のタルトが崩れる。

「夫から殴られどおしで自由のなかったわたしに、世界各国のいろいろな話をして励ましてくれた」

 チョコレートが粉雪になって、ぽろぽろとソーサーに降り注いでいく。

「エスポールには人殺しなんか似合わないわよ」



 こと――。

 バットにタルトを乗せる音が、ふいに止んだ。



「奴隷として捕らわれた人たちを解放してあげてほしいと言えば、彼は、きっと……」

 プレヌはふいに口をつぐんだ。

 保存棚の前に立つロジェもなにも言わない。

 完全な沈黙。

 窓から射し込む光の気配だけが、朝のダイニングを包んでいく。



「かいかぶり、過ぎじゃないかな」

 かちゃりと、アイスティーの中の氷が音を立てる。

「いいえ、きっとそう。だからこそ、言えないの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る