第39話
親愛なるエスポール
あなたを探すために滞在しているパリのホテルからこの手紙を書いています。
ドレス店『バケット・マジーク』で、いつの間にか仕込まれたあなたのお手紙を読んでからすぐ、リュクサンブール公園へ向かったのに、とうとうあなたを見つけられませんでした。
あなたはきっと、そんなわたしを眺めて楽しんでいたのでしょうね。
でも、いつまでもそうはいかないわ。必ず追いついてみせます。
幸運なことに、心強い旅の道連れもできました。
夫から殴られているとき助けてくれた人です。
死んでも悲しんでくれる人がいないと嘆くわたしに、その通りだなんて言うのよ。
けど、それでいいのかと彼に投げかけられたとき、すっかり枯れ果ててしまったと思っていた力が、お腹の底から込み上げてきたの。
このまま死んでたまるかって、そう思えたのだから、感謝しなくてはなりません。
いえ、彼はむしろ親切すぎます。
わたしの着替えのドレスだけでなく装飾品まで買ってしまうし、借りの住まい用にわたしの部屋も、宿の人たちと交渉して手に入れてくれて。
今いるこの部屋もとってもかわいいのよ。
赤いカーテンに赤のラインが入った枕ちベッドカバー。
百合の花なんかがさりげなく飾られていて。
真っ赤なタペストリーにかかる燭台を見つめていると、なんだか不思議な気分になるの。
女性に与えるべき部屋もなにもかも、あの人は心得ているみたい。
率直であけすけで、時々優しくて。
不思議な人です。
エスポール、あなたなら警戒したほうがいいというでしょうか。
安易に人の善意を信用しすぎるなと。
でもね、彼――ロジェには、なんというか、今まで周りにいた人とは違うなにかを感じます。
それがなんなのかは、まだわからないけれど。
もう一度だけ、誰かを信じてもいいかもしれないという気にさせる、なにかがあるのです。
追伸 新しい住所を記しておきますので、今後お手紙の贈り先はこちらに。最も、わたしたちの足取りなどお見通しのあなたには必要ないかもしれませんけれど。
プレヌリュヌ・コルネイユ
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