第37話

 リュクサンブール公園を出たあとは、日も暮れてきたしひとまず今宵は休むのが賢明だということになり、ロジェはプレヌをしばらく旅の拠点となる宿に誘った。

彼がドレス店で書いたホテルの住所はリュクサンブールから一路北へ。オペラ地区にあるパッサージュ中にあった。



 建物の間にある幅三メートルほどの小道にガラス屋根を渡し、アーケードにしたパッサージュは、十八世紀末からヨーロッパ各地で造られ、パリでも最先端の商業施設として栄華を極めていた。

 そのデザインには芸術が高いものもあり、大通りに面したパッサージュ・ジュフロワもその一つに数えられる。ショーウインドーに見えるイースターの飾りや、通路に出ているペーパーブックのキャスターが通りに彩を添える。小さな半円を描くガラスの天井にひしめくのはホテルの他にブティックや雑貨屋、蝋人形館まで。

 小路の奥にある赤茶色の看板に金の文字でその存在を主張しているのがホテル『ショパン』だった。

 看板猫の黒猫のあくびに迎えられ、ほどよく流行をとりいれたアンティーク風の家具が配置されているエントランスを進み、ロジェは自分の部屋の隣にプレヌの部屋を手配 すると、夕食はルームサービスをとって早々に休むように言い渡した。

「そうさせてもらうわ」

 プレヌは素直に従った。

「あんまり長い一日だったもんだから。さすがに疲れたかも」

「だろうな」



 なにせ夫から逃れて文通相手を探す旅をはじめたのだ。

 華やかなドレスであちこち連れまわしすぎただろうか。

 隣合った部屋の扉の前。そんなロジェの思惑を読み取ったように、プレヌはさっぱりと笑った。

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