第35話
白いクリームに紅と紫が混じった大ぶりのアイスクリームをプレヌは思いきりよく頬張る。
「おいし~いっ。ラズベリーとバニラが絶妙に溶け合ってくわ」
「……」
感動を詳細に描写するプレヌの傍ら、ロジェは思案気に噴水が点在する水場を見つめた。
水に飛び込むリスクを冒し、そして、見知らぬ女性を騙してまで、金貨を望んだ少年。
病気の妹がいるのならそう言って施しを得たらいい気がするが。
ロジェは息をつき、視線をプラタナスの木々に転じる。
少年がわざわざ身体障がいを騙った理由が、ロジェにはなんとなくわかる気がする。
思うのは過酷な奴隷業務。それをやらざるを得なかった環境に。
それでも時折目こぼしのように訪れた、助けてくれる人々。
過去に受けた傷も、ぬくもりも、思えばずっと胸に宿してきた。
理解されるものだと、思わなかったのかもしれない。
「……」
ロジェの視線は最後に、幸せそうに頬を緩ませるプレヌへと行きつく。
彼女も同じだから、騙されたふりをしたのだろう。
彼の視線に気づいたのか、プレヌはふと真面目な顔になる。
一口を飲み干すと、彼女はこんなことを言った。
「……日曜学校で先生をしていたとき、子どもたちに言っていたの」
アップルグリーンの瞳が祝福のように、公園でたわむれる子どもたちに注がれる。
「いつでもお腹を抱えて笑い、泣き、怒ってほしい」
「そして」
「助けてほしいときは助けを求められる人になってほしい」
「……うん」
彼女の言葉の奥に金糸のように編まれた思想をロジェは察する。
一見風変わりな願いを、この女性が子どもたちに託すのは、そうたぶん。
神様は世の中は常に助けてくれるわけじゃなくて。
いつまで経っても来ない船に絶望して身を投げていく命の多さ。
その現実を、感じていたからかもしれない。
自分自身に、その望みにまで絶望してしまったら、
あとは死を待つだけだ。
ロジェは思う。
それは人間の進む方向として、なにかが違うと。
だから――彼ももしかしたら、言いたかったのかもしれない。
仕事で関わって来た、絶望し身を投げる彼らに。
助けを求めてほしいと――。
ふいに押し寄せそうな哀愁を飲み干すようにほろ苦く微笑で。
ロジェはプレヌに向きなおる。
「いい教育だ」
直後、ぱたぱたと威勢のいい足音があした。
サスペンダーにつぎはぎのシャツ。褐色の短髪。
プレヌも、そしてロジェも、目を見開く。
あの少年だ。
わざわざ戻ってきたのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます