第34話

 プレヌは、ロジェに捕まれている少年に笑いかけたまま問うた。


「妹さんの薬は無事買えた?」


「……」


 少年が、盛大に舌打ちする音が響く。


 豪雨の最後。地面に跳ね返った雨のように。


 だがプレヌの笑みは揺らがない。


「落とした処方箋に書いてあったの。患者は九才の女の子だって」


 笑顔はますます深まるばかり。


「そちら側はボナパルト通りのベーカリーとは逆方向よね?」


「……プレヌ」

「ロジェ」


 目を瞠るロジェを右手で制し、プレヌは言った。


「そう。わたしはその子に一杯食わされたの。だからいいの」


 ぱっと、少年の顔が赤らむ。


 見開かれた目には火花のような衝撃が爛々と光る。


 そこに宿るのは怒りではない。――驚嘆か、はたまた動揺か。


 ふぅと息をつき、ロジェは少年を放し、


「だとさ」


 その華奢な背を叩く。


「ふんっ」


 我に返ったように駆けだし、門の外で一度半円を描くように振り返り、


「礼なんか言わねーぞっ!」


 そのまま、少年は駆け去った。

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