第33話

 まんまと駄賃をせしめた少年は、公園の中心の広場を超えた途端、スピードを上げて駆け出した。

 そのフォームは見事なものである。


 公園を南下し、サン・ミッシェル大通りに大きく左足を踏み出しゲートを蹴ったとき、右肩を掴まれた。


「左足が不自由なんじゃなかったのか?」


「――」


 ちっと舌打ちしそうになるのを懸命に抑える。

 出入り口から出ようとしたところを、アイスを持った若い男に阻まれていた。


 ニュートラルブラウンの髪とアールグレイの瞳。薄手のジャケットにミフラーをつけている。


 彼――ロジェはアールグレイの瞳でいたずらっぽく微笑む。


「女性を騙すとあとが怖い。早めに謝るのが吉だぜ」


「ふん」


 少年は八つ当たりのように二度目にゲートを蹴る。


「ほいほいひっかかるほうが悪いんだよ!」


 そのままずらかろうとするが、右肩に食い込んだ手は存外強い。


「放せちくしょう!」


 血流がもうれつに少年の頭に上る。

 若いうちからいい身なりをして。

 盗みは仁義にもとるとか説教を垂れるつもりだろう。


「お前らみたいな上等気取った連中にわかるもんか。こっちは生活かかってんだ!」


 人間としてその行動はどうかなどと、したり顔で言うことができるのは、彼らが人間扱いされているからだ。

 ただ、金のある家に生まれたというだけで。


「偽善者! うすのろ! ばか!」


 思いつく限りの雑言を、思いつく限りの憎々しさを込めて少年は叫ぶ。


「きみが盗みを働くのは、きみだけのせいじゃない」


「--っ」


 少年は一瞬言葉に詰まる。


「理不尽な泥をかけられてきたんだろうと思う」


「でもきみまで、穢れに身を落とすことはないだろ」


「……」


 ぎゅっと少年は口元を引き結ぶ。

 やはりか。

 きれいごとを並べ立てる。

 

 きっと、少年は男を睨んだ。


「そんなの、できるならとっくに……」


「放してあげて」


 突如その場に響いたソプラノが、緊迫した雰囲気を一気に和らげる。


 蜂蜜色の髪。

 アップルグリーンの瞳。


 男の後ろから近づいてくるその女を見て、少年は目を疑った。


 女は笑っていた。

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