第21話
「さぁっ、いよいよ旅のはじまりね! パリよいざ、汝と我との勝負なり――」
有名な我が国の文豪の台詞をもじって雄々しく踏み出されたプレヌの一歩目は、
「そのかっこうでパリと勝負する気か?」
呆れの混じった苦笑とともに投げられた言葉で、空しい足踏みに終わった。
「そう、ね……」
まじまじとみじめな袖とスカートを見やる。
言ってはなんだが、すりきれ汚れたドレスはファッションの都では悪目立ちしすぎる。
プレヌはうなずき、ロジェに向きなおった。
「そのへんで安いケープを見繕うわ」
「金は持ってんの?」
「あ」
情けなくも、がくりと肩を落とす。
無論、家から飛び出すときに持ってきたが。
無論夫にとりあげられた。
苦笑のあと、先に足を踏み出したのは連れのほうだった。
「よし。ついてきな」
「え?」
ローシェンナのジャケットと首元のスヌードを翻し、陽光と春風になびくストレートの髪。ロジェが歩く姿はナチュラルでかつ様になっている。
多少悔しい気もするが、プレヌはあとに続いた。
数分後、些末な悔しさは畏怖にとってかわった。
マロニエの木々が並び立つ美しき大通り。
カフェのテラス席や高級ブティックが立ち並ぶ、開放的な場所。
ここはもしかしなくても。
パリでも随一のオシャレな通り。
「いっつ・しゃん・ぜりぜ……」
道行くカップルは最新モードに身を包み、華やかだ。
こんなところをすりきれたボロドレスで歩くなど、苦行でしかない。
半ば呆然と立ち尽くしていると、
「なにしてんだ。行くぞ」
マカライトの洒落た扉を開きかけたロジェがこちらを振り返っている。
その扉がくっついている、金で縁どられたショーウインドーの床には、バラが敷き詰められ。
恐る恐る視線を上げれば。
「ひっ」
ダイヤモンドを大胆にちりばめた、ゴージャスなドレスが三着も展示されている。
「ほら」
扉を抑えたまま中へと促す彼を見て、あぁそうか、これはレディーファーストを促されているのかと気づき、思考の停止した身体で機械的に歩んでいく。
ドアの上の金文字の看板には、『バケット・マジーク』。魔法の杖という店名がしたためられていた。
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