第22話

 部屋の両サイドにぎっしりと連なる色とりどりのドレス。

 奥のショーケースでは香水や装飾品も扱っているらしい。

 白い天井にかかったシャンデリアを模した照明。

 ところどころに設置された大きな姿見はぴかぴかに磨き上げられている。

 重心をとるように視線を真下に下ろせば、見たこともないほど繊細でファッショナブルな幾何学模様がお出迎え。



 仕方がなくプレヌリュヌは目を閉じ、手近な壁にもたれた。

 きらきら感に眩暈がしそうだ。

 どう見ても高そうな店。

 ここはシャンゼリゼ通りの、ブティックと呼ばれるものだ。

 どうにか平静を取り戻そうと深呼吸すれば、耳元にまたおもしろそうな笑い声が降ってくる。



「世界的ファッションの都を甘く見ないほうがいいぜ。手ごろなケープなんかパリには存在しない」

「え? え――」

 ごく小さな囁きのその主を確認しようと顔を上げたとき。



「いらっしゃいませ。ようこそバケット・マジークへ」

 ふくよかな身体をぴたりとした紫のドレスでくるみ、髪を高々と結い上げた四十代ほどの女性が現れてにこやかに挨拶した。

 プレヌの格好を見て一瞬ブルーのラインの引かれた目を瞠ったが、すぐに笑顔に戻る。

「どのようなものをお探しですか」

「この人に似合うドレスを三、四着。主に昼の外出用の。あと、一着はナイトドレスも入れてほしい」

 手慣れた様子で注文するロジェにまた、ぽかんと口を開けてしまう。

「かしこまりました」



 曲線を描いた豊かなヒップをふりふり、店員さんは奥へと姿を消してしまった数秒後、我に返る。かしこまられている場合じゃない。

 ロジェに身を寄せ半ば懇願のような姿勢で訴える。

「ドレスを自分で選んだことがないの」

 舞踏会に荘園会にと令嬢必須の行事には一通り駆り出されてはきたが、プレヌにあてがわれたのは決まって、慎み深く襟のつまったもので、派手な色味は地味な顔立ちには似合わないとくすんだ色しか着せてもらえなかった。

 最も、ここにあるような、赤だのピンクだのオレンジだの、そういう華やかな色は妹のほうが格段に似あっていたのは事実だったので当人もなにも言わなかったのだが。

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