第19話

 身に起きたエラーを更新するように、ふぅと息を吐くと、ロジェと名乗った彼はプレヌリュヌを見返す。


「こうなったら乗りかかった船か。口出したからには、責任がなくもないしな。幸か不幸か次の仕事場もパリときてる」


 上空を行く雲が晴れて、プレヌリュヌの顔を輝きに照らす。


「料理のお仕事って? あなたシェフかなにか?」

 口に出してから、訊いてはいけなかったかと思い至るが、ロジェはなんてことないように続けた。

「たまにちょくちょく、厨房に呼ばれて料理を作ってる」

「副業みたいなこと?」

「うん。言ってみれば、出張料理みたいな」

 知らず口から漏れい出たのは感嘆の吐息。

 そんな仕事もあるのか。

「いろんな場所に行くの?」

 好奇心いっぱいで問えば、ロジェの口元がようやく、かすかに緩んだ。



「要望があればどこでも。それこそギリシアでもアジアでも」

「へぇ~」



 生まれてこの方パリ郊外の一角を出たことがない自分とは大違いだ。

 それだけ、その仕事ぶりに需要があるということだろうか。

 ヨーロッパすら飛び出していくなんて、この琥珀の目は、いったい今までどんな景色を見てきたのだろう。



「技術一つで世界各国歩き回るなんて、楽しいでしょうね……」

 片頬に手をあてうっとりとなっていると、今度はロジェのほうがくすくすとおかしそうに笑った。

 我に返り、不思議そうに見返す。

 おもしろいことを言った覚えはないのだが。



「しゃーない」

 そう言うとロジェは、手に持っていた小さな鞄を右肩の後ろに振り上げる。

「仕事でパリに来たついでに雇った売り子ってことで手を打とう」  

プレヌリュヌは、ぱちりと胸の前で手を合わせる。

「しばらくパリの安価な宿を渡り歩く。期限はオレの敵であり、きみの愛しのエスポールが見つかるまで」

 歩き出した彼に小走りで駆け寄りながら、

「十分よ」

 ぺこりと頭を下げる。

「よろしくお願いします」

「で」

 ふいに足を止めたロジェの傍ら、つんのめりそうになりながら、プレヌリュヌはたった今躍動しだした身体をどうにか落ち着ける。



「きみの名前は?」

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