第18話

 エトワールと呼ばれ放射線状に広がる道々が一点に集約するパリ観光の起点、凱旋門。

 白亜の門に象られた英雄の彫刻の真下で、彼は肩を竦めた。



「同じ目的に向かう、ってのは、いいけど。ただ一つ問題がある」



 プレヌリュヌはぐっと両の拳を握り、身構える。

 ここが交渉どころだ。

 多少の難はどんとこい、という心づもりである。

「オレは素性を明かせない。苗字すらも」

 神妙なアンバーの瞳とぶつかるのは――どこか惚けたような、ぽかんとしたアップルグリーンの瞳。



「言えるのは、料理を届けてどうにかしのいでいるということだけ。別に仕事も持っているけれど、そのことに関しては一切言えない」



 花の都の中心地で、円状に行き交うう人々の群れの中。

 寄り添い合う恋人同士なら数多あれど、揃って静止し大真面目に見つめ合う男女は多少異様であった。

 小さく開いた口を動かし、プレヌリュヌは答える。



「かまわないわ」

 彼は大きく目を見開いたが、こちらはむしろあまりにかんたんな問題で拍子抜けしているくらいだ。

 なんだかおかしくなって、くすりと笑いながら、告げる。



「わたしは、人を示すものは行動だと思っているの。身分や財産なんてまやかしか、いいところでごまかしだわ」

 驚きから奇異なものを見る目に変わる彼に、かまわず続ける。

 ただの理想や観念ではない。

 ちゃんと根拠もあるのだ。



「夫から殴られているわたしを、見ていた人たちの中でただ一人、あなたは見過ごさなかった。今までの人生で他の人がしたどんなことより、そのことを買いたいと思うの」

 驚きを通り越して、動揺に揺れ出す琥珀色に、首を心持ちかしげて微笑みかける。

「苗字は言えなくても下の名前は? 呼ぶのに困っちゃうわ」

 返ってくるのが戸惑ったような瞬きであるのは予想済み。

 笑顔を崩さずに見つめ返していると。


「ロジェ」



 未だ惑いにかすれた答えの声を得た。

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