第14話

 馬車の向こう、昨晩の嵐を耐え抜いたマロニエの木から葉が落ちる。

 プレヌは知らず両手を握り込んでいた。

 夜になって帰宅するなり、眠っている老人を動物のように追い立てたあとで、夫は言ったのだ。

 会合をすっぽかすなど、それも汚らわしい年寄りを家に上げるなど言語道断だ。

 おかげで自分は茶会の席で恥をかくことになった。

 大事な取引先との約束も果たせぬお前など一握りの価値もない妻だと。



 罵詈雑言ならもはや慣れっこだが、夫が嵐に惑っていた老人を放り出したことが、改めて彼女の怒りをかきたてる。

 直後襲ったのは戦慄。

 そんな男のために死のうとしていたのだ。

 なんという愚行を犯すところだったのだろう。



「……死なない」

 いつしか呟いていた。

「わたしはまだ、死なないわ」



 前の家族にも夫にも見放された今、生きるあてはない。

 そんなことを口に出したとて気休めにすぎないかもしれない。



 だがまだ、死んでやるものかと思った。



 胸によぎった決意を味わうのに忙しく彼女は気づかない。

 そんな自分を見つめてくる相手の視線に、少なからぬ驚嘆と、そして、心地よい賞賛が入り混じっているのを。

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