第13話

「奥さん、本を読むのかい」

「ええ」

 害悪な空想物語を読むなど恥だと周囲からずっと言われてきたから隠していたのだが。

「ほう。どんなのが好きかね」

「ここではない世界の話です。異世界の冒険や、ロマンスなんかかしら」

「……」

 しばらく噛み締めるように瞳を閉じると、そのまま、老人は言った。

「生きる目的に値するもの。それは言葉では表しがたいが、例えるならファンタジーみたいなもんじゃ。実用性はないが、理屈抜きに人の心を惹きつける。そんなものが世の中にはある。今じゃみんなそれを土埃の中に埋めてしまった。その価値も存在も認めないことで、生きた末に光の輪を掴むことを放棄した。他を押しのけて生存すること自体が目的に成り代わった」

 自然、首が斜め前に倒れる。

「わかる気がしますわ」



 ベッドの脇、看護用に備え付けた椅子に腰かけたプレヌリュヌの視線は膝の上に映し出される過去をさまよう。

 おおよそまっとうな令嬢らしくないと言われることばかりして、自分の道を探してきた。

 それはこの人の言うファンタジーのようななにかを掴むためにしてきたのだと、教えられた気がする。



 でももう、そんなものはとっくに土埃の中だったのだ。

 自分がいるのは終着点。

 だが身寄りのない自由なこの老人は途上にいる。



「ファンタジーへ挑むなら、重い剣も鎧もつけなくてはいけませんわ。そのためにはまず眠って回復しなくては」

 活発な議論に乱れた布団をかけなおすプレヌリュヌに向けて、目を閉じる直前、老人はうめき声のような笑いをこぼした。

「最期にあんたのような人に会えてよかった。生きながらえることができたら、それなりの礼はさせてもらうよ」

 すっかり勝達な弁舌を披露しきった老人がそんなふうに言うのがおかしくて、くすりと笑い、プレヌリュヌはその胸に布団を持ってきてやるのだった。

「でしたらお元気になってまた、話し相手になってくださいな」

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