第10話

 皮肉にもその力は家族や婚約者の自分への折檻をエスカレートさせただけだったが。

 ある日、いつものごとく夫のサンドバックの務めを果たしたあと、なんだその目はといっちゃもんをつけられ、こっちはいつでも別れてやってもいいと吐き捨てられたとき、プレヌリュヌは言質をとったように思った。

 たしかに希望的観測によってはいる。だが、わずかな光にもすがりたかったプレヌリュヌは思ってしまった。夫と離縁できると。

 だがそうなれば実家の両親は出戻り娘を許しはしないだろう。

 実際、結婚後たまたま街で会った妹は、姉が嫁いだ暴力夫の噂を聞いていたのだろう、目をすがめ言った。



『いい、戻ってくるとか言わないでよ。一族の者が離縁されるとか一生の恥よ』

 次いでやってきた両親も。

『ミュリエルの言うことは間違っていなくてよ』

『お前は家の欠落品だということをよくわきまえるように』

これまでの扱いから、そう言われることはわかっていた。

だから無駄な抵抗はすまいと自身の胸に言い聞かせる。

『はい。――申し訳ありません』



ごめんなさいと。

わたしが悪かったのですと言い続けてきた。



なにがいけないのか、てんでわからぬままに。


だがプレヌリュヌはそれが忠実だとか美徳だとか思ったことは一度もない。


ただ抵抗する術を持たなかっただけ――怖かった。

周りの人々の怒りを買うことが。


臆病者、と自分自身をなじる声が頭の隅で響く。


死ねと言われてすら、ごめんなさいとそう言ってあなたは死のうというの?


コインが面を変えるたび、父の母の妹の、夫の苛立たし気な顔が次々に移る。



それを、プレヌリュヌは掴み取った。




「いいわけあるかーっ!!」

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