第7話
「……え?」
聞き違いだろうか。
もしかしなくても、このうえなく真剣な面持ちで、彼が肯定するのは――。
「セーヌ河のほとりじゃ誰一人、殴られてるきみを助けようとする人はいなかった」
「つまり、きみは誰からも求められず、請われるままに死んで、顧みる者すらいない。それどころか、きみを厄介払いできた人たちはせいせい残りの人生を楽しむんだ」
「……」
やはり、世の中に優しい人などいない。
花の都は鬼ばかりだ。
「うっ。うっ……」
で、こうなってくるとますます自己陶酔に拍車がかかる。
「そんな、身もふたもない言い方することないじゃない……ぐすっ」
こらえきれなくなった哀しみの雫をすすっていると、
「いや。だって、さいしょに自分が言ったんじゃないか」
と、いささかあわてたような返事が返ってくる。
「いくら現実がそうでも、本人が言ったとしても、肯定しちゃいけないことだってあるわよ~っ」
こうなればもはや止められない。
哀しみの雫はナイアガラの滝と化していた。
「ちょ。参ったな。なんでオレが泣かしたみたいになって」
小舟の旅で目の前に滝が現れれば、旅人は無論うろたえる。
「わかった。わかったから泣き止んでくれ」
「わぁぁん」
泣き止めというリクエストは却下するも、渡されたハンカチは辞退せずそれどころかぞうきんの扱いでごしごしと顔をこする。
「……それをわかった上で、きみがあえて、悲劇の終幕を引くっていうんなら、とめないけど」
困ったように、馬車の天井を見上げながら。
彼はふいに、滝になにかを落とした。
「――いいの? それで」
きらりと光り、落ちていくコイン。
「それで、いいのか」
いとも軽やかに、発せられた言葉。
裏に表に。
春の陽光を反射しながら翻り、心の泉に深く深く落ちていく、金貨。
それは、これまでのしょうもない人生への回想へと、プレヌリュヌを誘う――。
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