七話

兄貴への恋

第7話.1 兄貴への恋



─七話─



玲二の部屋をノックした。



「玲二」



寝巻き姿の玲二はベッドで寝転がりながら本を読んでいた。



「まだ寝ないの?明日、入学式なのに大丈夫?」


「試験じゃないんだから、大丈夫だよ」


「ふーん?」



テキトーに返事をしながら、私はモソモソと玲二のベッドの中に潜り込んだ。



玲二はクスッと笑った。



「また?昨日もだったじゃん」


「……4月ってまだまだ寒いよね」


「俺は湯たんぽじゃないよー」



私に合わせて玲二もベッドに入り電気のリモコンを手にした。



「消すよー?」


「んー」



暗闇の中で玲二が私の頭を乗せるように腕を通してくれる。


安らぐ。


そして同時にドキドキ。


前に一緒に寝た時とは違って、私にほんの少しだけ下心が出来た。


こうやって玲二に寄りそうことに喜びとトキメキが生まれてしまった。


兄貴ぶる玲二を良いことに私は一緒に寝ることを望むようになってしまった。


その背中に腕を回したら……


そこまで考えてみるものの、目をつぶって、実際には何もしない。


これ以上は玲二に怪しまれてしまう気がして、勇気が出ない。


華奢に見えて、しっかりと男の子の体をしたそれに思いきり触れることが出来たら、どんなに心地好いか……


過去に堂々と何も考えずに玲二に抱きついていた自分がうらめしい。



『好き』という気持ちで行動出来るようになった反面、どこか前と違って制御されたことも生まれたように思う。



玲二が私を包むように、グッと抱き寄せてくれる。


当たり前のようにそうしてくれることに幸せを感じる。



……好きだな。



そんな私にせいぜい出来ることは玲二の胸のあたりの服をギュッと握ることぐらいだった。



年下だけど、兄貴で。


兄貴だけど恋しちゃって。


恋しちゃったけど、安心出来て


それは兄貴の記憶が成せる安らぎなのか


玲二だからなのか……


それでも淡白な私なんかがこうして誰かに甘えられるのは、『すとれーじ』のおかげのようにも思えるし


でも相手が玲二じゃなきゃ、きっと恋にも落ちなかった。


こんなワケのわからない気持ち……


一体、何て言えばいいのかな?



上手く伝える自信がなくて、私はまだ玲二に自分の想いを伝えることが出来ない。


……正直、穂香さんがアメリカに行ってからまだ一週間しか経ってないしね。


今はただ……この温もりに幸せを感じることで充分で。


私は目をつぶりながら、玲二の胸におでこを寄せた。



……ずっと、このままでいたい…な。


そう願いながら今日も眠りにつく。



……─



朝は早起きをした。


理一さんに玲二と一緒に寝ているとバレたら、かなーりめんどくさいので、まだ寝ている玲二をそのままに起き出すのだ。



そして理一さんに見られる前に玲二の部屋から出て、自分の部屋に戻ろうとする。


昨日もそうした。


この行動が余計に下心であることを証明しているようで恥ずかしくなる。


でも一番無難な行動だと思う。



だから玲二も理一さんも起こさないように部屋から出た。


廊下に出た瞬間、流れる水の音がしてトイレのドアが開いた。



「……ゆずるさん?今朝は早いですね?」



突然の理一さんとの遭遇に心臓がギクッと震えた。


玲二の部屋から出たの……見られてないよね?



「お……おはよーございます」


「あぁ」



理一さんはそれから何も言わずにリビングに行った。



……良かった。


あっさり終わって。



……てか理一さん、なんか元気ない?


いや……いつも通り?


……あぁ。


今日入学式で、今日から女子高生が入ってくるのがユーウツなのか?


でも最近元気ないってだけじゃなくて、避けられているみたいな感じ……。


気のせい?


私の専門の授業は来週からだけど、二度寝せずに私も服に着替えよう


私が着替え終えた頃に玲二も起きてきた。



「兄ちゃん!俺の制服はどこ?」


「部屋に掛けてなかったか?」



そんな会話を聞きながら朝ごはんの準備をする。


まだ肌寒い朝に玲二が春の匂いを届けてくれる。



「ゆず!」



玲二に呼ばれて振り返った。



「どう?制服!!高校生って感じするか?」



玲二は嬉しそうに私に聞いてくる。


まだシワも付いていない紺色のつめえり。


……カッコいい……かも。


『好き』って自覚しただけで、こんなにも見る世界が変わるものなのか。


自分の単純さにほっぺが熱くなった。



「……新品で…パリッとしてるね」



ドキドキしながら、とりあえず感想を言った。


本音の感想はナイショだ。



「な?正直まだ着づらい」



玲二は軽く肩を回した。



「玲二、俺は早めに出掛けるが遅れるなよ?」



話している途中で理一さんがそう言った。


先生は準備もあって大変そうだ。


サッとスーツに着替えてきた理一さんは玲二のところへ来て、肩に手を置いた。



「保護者として行けなくて……ごめんな」



少し目が潤んでいる理一さんを見て、入学式でもこの人職員の中で一人号泣しちゃうんじゃないかって思った。



「いやいや、しょうがないじゃん!!父さんも母さんも忙しいし、それに兄ちゃんが入学式見てくれることに変わりねぇし!」



本当はなっちゃんもセイくんもかなり帰国したがってて、グロッキーになるほど仕事したらしいんだけど『無理ぃーー!!』と泣いていた。


なっちゃんもセイくんも実はあれから私とメル友だったりする。


それを玲二もわかっているんだから、大丈夫。


コーヒーを入れ終えたら、理一さんは私を見た。



「ゆずるさん、今日予定は?」


「え?」



今、私に聞かれた?


……なんで?



「今日は……バイトです」


「すぐ出掛けるのか?」


「……いえ、夕方から」



理一さんはひとしきり確認をすると、玲二に向き直った。



「では保護者席にはゆずるさんに来てもらえばいい」



私も玲二も「えぇっ!?」とハモった。



提案に驚いたというか、その提案を理一さんが口にしたってことに驚いた。


多分、玲二も同じ。



「私……で、いいんですか?」


「いないより、誰かいた方がいいだろう?」


理一さんは私達のリアクションもスルーして自分の部屋に戻っていった。


ドアが閉まる音を聞いて、すぐに玲二の腕を掴んだ。



「……ねぇ、最近理一さんの様子……おかしくない!?」



玲二は首を捻っただけだった。



「どうなんだろう?ゆずのことを信頼し始めた……とか?」


「その割に、私のこと避けたりもするよ?」


「……ふーん?」


「それに…………あ!」


「うん?」



私はようやく思い出した。



「理一さんの話なんだけど…」


「うん」


「聞かれてたらしい」


「何を?」


「……『妹』って」


「……え?」



理一さんは私と玲二の関係を怪しんでいた。


私達が話すまで待つって言ってくれてたけど……でも私のこと信頼してくれたとは到底思えないんですが?


玲二は「うーん」と唸ったあと、私の頭を撫でてニコニコした。



「わかった!今夜、兄ちゃんと話してみる!」



おいおい、そんな爽やか笑顔でなんとかなる話なの?


……てか、話すってどうやって?



私の不安もよそに玲二は私に向かってまた笑った。



「ところで今日来るの?」


「へ?」


「入学式」



指がスルリと私の髪をすいた。


そんな仕草ひとつで心臓がグッときた。



頭を撫でられていることだって、今まで当たり前に受け止めていたのに、急に動揺してきた。



出来るだけ普通に。


普通になれ、私。



「入学式……は、」


「うん」


「行く」



……大丈夫?


変な感じにならなかった?



おそるおそる玲二の顔を見た。



「うん!来て!!」



玲二の嬉しそうなその言葉だけで、幸せな時間となる。



「あ、カメラ忘れないでね!」


「……カメラマン役を押し付ける気?」



甘い時間と思っていたのは私だけだったっぽいことに、ガクッとした。


こいつに恋して……本当にいいのか?私……

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すとれーじ少年 駿心(はやし こころ) @884kokoro

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