クロスオーバー 〜全てに限界があるこの世界で、俺は”超”える〜
敬虔な翁
第1章 変わらずの森、またの名を始まりの森
第1話 不運な出来事
「はぁ、はぁ」
大地を力強く蹴り前へ前へと全身を押し出す、かいた汗は風にさらわれ流される。
「はっ、はっ」
一生懸命に肺が空気を取り込もうと呼吸は浅く早くなっていく。
ドォォオン!
「おいおいマジかよ!?幾ら何でも早すぎだろ!」
「ガァォオガァア!!!」
「ヤバいヤバいヤバい!!」
俺は全力で走る。
足場が悪く、視界の見えにくいこの森の中でうっすらと差し込む日の光を頼りに。
「おっ…と!」
足元に生えていた木の根に躓きそうになるが、すぐに体勢を整える。
ドォン!ドォン!ドォン!
衝撃音が段々と近くに聞こえてくる。
俺は状況を把握しようと咄嗟に後ろを振り返った。すると——
「そんなのってあり!?」
そこには巨大な2本の牙で大木に大穴を開けながらお構い無しに突き進んでくるバケモノの姿があった。
俺は再び前向き、さっきより走る速度を上げる。
「ガァァオアォオ!!」
「勘弁してくれー!!」
ドデカい啼き声を上げるバケモノ、それに対抗するように俺は声を張り上げた。
何で俺がこんな目に会っているのか…、それは40分前まで遡る。
— 40分前 —
俺はいつも通り午前中のトレーニングを終え、午後から食料調達の為に森の中で狩りをしていた。
「なんか今日は調子がいいな」
茂みの中に隠れ、目の前にいるボウを今日の獲物にしようと決める。俺は持っている弓に矢をかけた。
距離は大体10〜12メートル、俺は目を閉じて集中し、相手との距離を感覚で掴んでいく、そして弓を引き絞る。
自分の呼吸のタイミングと矢を打つタイミング、相手に隙が出来るタイミング、それぞれが合うよう落ち着いてその時を待つ。
「ふぅー、」
ゆっくりと息を吐く。
「今だ——」
ヒュー、ドスッ
「ガァォア…!」
俺の放った矢はボウの眉間を正確に捉え、ボウは小さい鳴き声を上げながらそのまま倒れた。
ピクッ、ピクッ…ピッ…ク、
「よしゃー!これで今日のノルマは取り敢えず終わりー!」
そしてボウが絶命を確認すると、俺は勢いよく立ち上がる。
「いやー、まさかこんな簡単にボウが見つかるなんて」
今日の俺は運が良かった、欲しかった山菜や薬草が次々と見つかり、いつもより随分と早く調達が終わりそうだった。
「さてさて?お前はメスとオスどっちかな?」
俺は回収の為にボウの死体の所へと向かう。
ボウはメスとオス、そのどちらかで価値が大きく変わってくる。理由は主に食糧としての味の良し悪しだ。
「頼むからメスであってくれ…よ!」
俺は倒れていたボウを勢いよく起こし仰向けにする。
ボウはパッと見ただけじゃ性別の判断が全くつかない、だから判別方法としては……
「おー!マジかー!?ち◯こついてねぇじゃん!」
そう、こうやって股の間に生殖器が付いているかどうかで判断する。
でも他の動物達や生き物はその生殖器の有る無しが匂いで分かるらしい、だから数が少なく希少で価値が高い。
「今日の俺すげぇついてんなー、ち◯こはついてねぇけど!ハハハハッ」
上手い事を言ってるのかどうか、そもそもとして冗談になっているかも分からない下らない事を俺は声を大にして笑いながら口にする。
「帰ったら絶対シンさんびっくりするぞ!」
そう言って俺は背負っていた籠を降ろし、中にボウの死体を入れた。
シンさんは俺と一緒に住んでいる人の名前だ、俺がこの森で倒れていた所を見つけてくれてそれから俺に色々な事を教えてくれた、言わば俺の恩人だ。
「よいっしょ…と、おぉ結構重くなったな…」
籠を背負って立ち上がり、体勢を整えようとすると、背中に想像していたよりも重量がかかる。
「これ以上は…流石に無理だな、しょうがねぇ帰るかー」
少し勿体ないような気持ちになりながら、俺は来た道を引き返そうとした、その時——
「ヒッ…」
大きく傷つけられたいくつもの大木が俺の視界に入って来た。
巨大な牙で何度も削られる様にして付けられているこの傷跡、これは…
「ラッシュボウのナワバリ…」
そう、俺は気づかない内にラッシュボウのナワバリに入ってしまっていたのだ。
ラッシュボウはボウのメスが、無理矢理襲ってくるオス達を幾度となく拒み続け、それを絶え抜いた数少ないメスが成長した姿を指した名称だ。
ラッシュボウはその高い戦闘能力から、通常群れる事の無いボウたちを束ねて、ある一定の数が揃うと縄張りを作る。
「だったら…もしかすると、これは結構不味い状況じゃ…」
ラッシュボウは同じ群れの中のメスを物凄く大切に扱う習性がある、襲ってくるボウのオスを躾けて、もし性行為をさせるにしても群れの中から優秀なオスを選別してさせるのだ。
そしてこの状況の何が不味いのかと言うと、ラッシュボウはそれに加えてもう一つ珍しい、かつ恐ろしい習性がある、それが……
群れの中で一番劣等なオスの生殖器を去勢し、囮にしてわざと襲わせ、逆に襲ってきた生き物を獲物として狩るのだ。
俺は回収したボウを籠の中から急いで取り出し、もう一度確認する。
「嘘…だろ?」
薄くなってはいるが、そこには去勢した時に出来たであろう傷跡が残っていた。
俺は今から起こるはずの最悪の展開を想像してみるみる顔が青ざめていく。
「いや、待て…まず落ち着こう」
頭を左右に振って、パニックになりかけていた思考を一旦リセットさせる。
(このままじゃいつかラッシュボウはここに来る、そしたら確実に殺される!もし隠れてたとしても匂いでバレるし…)
「今は…とにかく逃げよう」
俺は持っていた荷物を全てそこに置いて、全力で家まで走り出した。そして現在に至る…
— 現在 —
「マジで勘弁してください!!もう絶対しませんから!いたいけでか弱い俺をどうか見逃してはくれませんか?!」
「ガァォアァオオォア!!!」
俺の謝罪はどうやら逆効果だったらしい、ラッシュボウはさっきより数倍デカい啼き声を上げた。
「やっぱそうっすよねー!?」
ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ!
ラッシュボウの重く鈍い足音が近くに聞こえてくる。
「はぁッ、はぁッ」
呼吸のテンポが崩れる、足が上がらなくなって来た、体が熱い、取り込んだ空気が上手く脳まで届かない、振っていた腕も物凄く重く感じる。世界が、スローモーションに見える…
あぁ、俺は今から死ぬのか?こんな風に追いかけ回されて、叫び散らかして…
俺はもう一度振り返りラッシュボウの様子を伺う…。
おいお前良く見たら怖すぎだろ、何だよそのでけぇ牙、俺の身長より全然でけぇだろ、それに完全に白目剥いてんじゃねぇか、バケモンかよ、いやバケモンなのか…、もう…頭も回らねぇ…
「キィイイー、!」
すると突然甲高い叫び声が森中に響き渡る。
「な、なんだ?…」
咄嗟に辺りを見渡し声の主を探す、そして俺は大木の合間を縫うようにして飛んでくるなにかを目撃した。
「キィィイィイ!!!」
そいつは俺らの上空で止まると、持っている鋭い鉤爪をその叫び声と同時に大きく開き俺たちを威嚇した。体は全身黄金の羽毛につつまれ、それらはうっすら差し込む太陽の光を反射し輝いている。広げている翼は自身の体長より遥かに大きい。
(こいつはまさか…ゴールドフォーゲル?)
「ガォアァァオ!!!」
ラッシュボウはゴールドフォーゲルの叫び声に対し少し遅れて啼き声を上げた。
「もう本当に勘弁して……」
後ろには死が迫っている、前にも死が迫っている。更に命を失う確率が高まったこの状況で俺はもう自分の死が確定したのだと半泣きになっていた。
「キィィン——」
やがてゴールドフォーゲルは俺らの真上にまでやって来ると、空気を切り裂くようなその声と共にこちらに向かって一気に急降下し始めた。
開けていた翼と爪を徐々に畳み込み、その速度は急激に早まっていく。
一方で俺は止まる事も出来ず、迫り来る新たな脅威に対して突っ込んで行くしかなかった。
ヒュォオォーォ
空気と摩擦する音が聞こえてくる。そして次の瞬間——
「ガァォアー、!」
ヴァッフォーッ
ゴールドフォーゲルは地面に激突しないよう、直前で強靭な翼を広げ勢いを殺した。それと同時にラッシュボウの体全体を鷲掴みにする。
「うっ、」
俺は発生した強い風に負けない為に、腕を曲げて顔の前に突き出す。
ヴァッフッ
今度はゴールドフォーゲルが、広げた翼を思いっきり羽ばたかせ上空へと舞い上がった。
「うわっ!、」
ドサッ
またも発生した風に今度は完全に押された俺はそのまま地面に尻餅をつく。
「キィイィィーィ…」
ゴールドフォーゲルはそのまま何処かへと飛び去っていき、啼き声はどんどん小さくなっていく。
「マジで……」
死にかけた恐怖と生き残った安心感、この森の理不尽に対する怒り、一連の出来事のせいで様々な感情が湧き上がってくる。
それらは段々と大きくなり自然と言葉として口から吐き出される。
「マジでびっくりしたぁあーー!!」
クロスオーバー 〜全てに限界があるこの世界で、俺は”超”える〜 敬虔な翁 @keikenokina
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