魁!!女中戦記!!

友文あん

愉快な奉公のはじまり

「貴様が没落した斎森の小娘だな?想像通りの小便臭い甘ったれたガキだ」


 汽車から駅に降り立った香耶の目の前にいたのは口の悪いでっかい老女だった。

 その体躯は体格のいい男性をも凌ぐ。

 身につけている着物からなんとか性別を判断できる程だ。


「憎まれ口も吐き出せねぇのか?」


 巨体の老女は香耶を見下ろし、挑発するように言う。


「あ……貴方のような老婆がいるものですか!?どこの変質者よっ?!」


 香耶は驚き動揺するが悪態をついて言い返す。


「没落したとはいえ家はあるのだろ?親が来いしく慎ましくも穏やかに暮らしたいなら今すぐ引き返えせ!」


 香耶の悪態を気にすることもなく初老の女が暴言を浴びせる。


「………」


 あまりの口の悪さに嫌悪を抱き、香耶の目は老女を睨見つける。


「なかなか強情そうな娘だ。だが貴様のような威勢だけの奴は幾万と見てきた!これから貴様を厳格な家の屋敷へ案内してやる。見失わぬよう精々気張ってついて来い!!」


「えっ?ちょ……」


「温室育ちでぬくぬくと育った甘いガキにはこの程度でもさぞやキツかろうが知ったところではない!行き倒れになりたく無ければ懸命について来い!!」


 老女とは思えぬ足の速さだ。

 しかも走ってるのではなく歩いている。


「……異能の使い手……?」


 そう思いながら香耶は必死で見失わないよう走る。


「荷物が少ないのが幸いだったな!ならば速度を上げてやろう!精々汽車の中で貪った弁当を撒き散らさないようにする事だ!!」


 初老の女性は更にペースを上げる。

 帝都から遠く離れた地から来たはずだが駅周辺の都市部は賑わっていた。

 その賑わいや発展は帝都以上かもしれない。

 だがそれを堪能する余裕は香耶には無かった。


「驚いたか?この賑わいに。わが主たる厳格な家はこの地の守護を任された武門の大家よ。『辺境伯』の爵位も授かっている。首都の無知蒙昧の貴族連中は『辺境の田舎蛮貴族』などと揶揄しているがな」


 まるで香耶の心中を読んだかのように初老の女性は話す。

 

 にわかにも香耶もこの『厳格な家』の話や噂は耳にしていた。

 その話は決して良いものではない曰く付きであった。

 質の悪さ、評判の悪さは冷酷無慈悲と言われた久堂清霞の比ではなく最早論外、口にする事すら災いや穢を呼ぶとさえも言われる。

 帝国でも生粋の武闘派でありその歴史は古く、元は異能を持たず、己の鍛え上げだ身体と武術を持って異形や異能の者達と渡り合ったとされる一族とその郎党だ。

 それらに対する為に人の血肉を喰らい、異形すら喰らうとまで言われていた。

 嫁や奉公に出された娘は生贄となり、喰らわれるとも。


「このまま遅れずついて来れればおめでたい帝都の貴族連中の噂話の真相が解る褒美があるぞ?」


 香耶は息も切れ切れで返事をする余裕も無い。最早どれくらい歩いた……いや、走ったのかも解らない。

 履いていた履物は既にボロボロだ。


「値段が高いだけの粗悪品だな!まだまだ道のりは長いぞ!脱いでしまえ!」


 それを見た初老の使いの女性は香耶に言葉を浴びせる。


「……っ!!」


 ムキになったように香耶は履物を脱ぐ。


「いい判断だ!だが捨てずに持って来い!その贅沢な履物は良いぞ!燃やすと良く燃える!いい焚き付けになる!」


 そう言うと初老の女性は竹の水筒を香耶に投げ渡す。


「だが水分を持たないのは減点だ。零点だ」


 ババアの言葉を聞き流しながら香耶は水筒の水を飲む。


(なにこれ?美味しいじゃない?!)


 最早声すら出せぬ程に息を切らすがあまりの水の旨さに驚く。


「水分補給が終わったら気を引き締めろ!屋敷に着くまでが遠足だ!!そして遠足用の履物を履け!!」


 ババアはそう言うと頑丈そうな草鞋を投げ渡し、歩きだす。


「……履物あるなら始めから渡しなさいよ……」


 これだけの距離を走るような速度で歩きながらババアは息一つ乱れていない。


 既に都市部から離れ、幾つもの田畑で埋め尽くされる田舎の道へ入っていく。

 香耶は必死についていくのがやっとだがその光景には違和感を感じたのだ。

 『蛮族』『戦闘民族』とまで揶揄される厳格な家。戦の事しか頭にない一族と郎党な筈だが都市部は帝都以上とも思える発展をし、都市部を離れると山々と農業地帯が広がる。

 厳格な家が治める土地は話と違いかなり文化的である。


(所詮は田舎の蛮族、帝都の真似事。滑稽だわ)


「滑稽なのは貴様だ!!現実を受け入れず認めない面をしている!!甘ったれたお前の生き方そのものだ!!」


 まるで心を読んだかのようなババアの声が響く。


「まだ余計な事を考える余裕はあるようだな?破廉恥な妄想は寝る前の布団の中だけにしておけ!!」


「なっ……?!」


 全く違う事を指摘されて香耶は腹が立つもババアに食って掛かる余裕は無い。

 その間にもババアは先へ足早に進んてしまう。


「ともかく……あのババア……一発殴ってやる……」


「ほう……その意気込み、悪くは無い。愉快な女中生活を続けていればその憎しみが殺意に変わるぞ!楽しみにしておけ!」


 小さな声で言ったはずだが老女には聞こえていたようだ。凄まじい地獄耳である。


 香耶はもう意地と気力だけで保って歩いている。




「ほう、ようやくたどり着いたか。行き倒れになって獣の晩飯になると思っていたぞ」


「………ハァ……八ァ……ハァ…………」


「まるで息を切らした犬のようだな。人の身であるならこの屋敷を見上げてみろ!」


「………ッ!!」


 香耶の目に映るのは壁に囲まれたまるで要塞のような建造物。外観は和式と洋式が混ざっているが紛れもなくこれは城だった物である。

 歴史の変革と文明開化の折、これまでに改修を重ねて来た城を近代化改修したものだ。天守閣こそ廃されたが飾り気のない洋式建築は館というより要塞である。流石は戦闘民族だ。


「私は……これから……何を……」


 そう言いながら香耶は倒れた。


 

 香耶の前に広がる光景。

 それは姉、美世に対する仕打ち。

 異能の力を持たぬが故に、虐げられる腹違いの姉。

 そしてそれに嬉々として加わる自分。


(………なんて醜悪………)


 今までそんな自分を客観視出来ただろうか?

 嫌がおうにもそれを見せられいる。


「お姉さまもこんな私を醜いと思っていたのかしら……?」


 香耶は美世に語りかける。

 すると美世はそれに応えるように香耶を見ると口を開く。


「いつまで地面に寝そべっているつもりだ!?穀潰しの役立たずのちんちくりん!」


「!!?」


 桶で水をかけられ、香耶は目を覚ます。



 

 香耶は慌てて起き上がると水が口に入ったせいで咳き込む。


「休憩は終いだ!!さっさと着替えて来いちんちくりん!!」


「……ちんちくりん……?」


「聞こえなかったのか?!さっさと着替えてこい!ちんちくりんとは貴様の事だ!」


 言う事を聞かないと先には進まないようだ。

 ババアの他に香耶と同年代位の若い女中が二人いたが今は気にかける余裕が無い。

 一人は桶で香耶に水をかけた女中だ。


「……くっ……」


 香耶はババアを解らないように睨みつけると汚れてずぶ濡れになった服を着替えた。




「私がこの厳格な家の女中頭である!!」


 ババアはやはり女中頭だった。

 老女とは思えない体格の良さと厳つい顔はまるで軍隊の教官、鬼軍曹のような迫力である。


「状況は判っているな?!ではこれからの事を説明する。一字一句聞き漏らすな」


 女中頭は直立不動の姿勢で告げる。


「お前はこの厳格な家に奉公に出された!これから愉快な奉公が始まる!詳細は知らぬが然るべき相手に泣いて詫びを入れるなら尻尾を巻いて慎ましい別邸に帰ることを許してやろう!」


 女中頭は若い女中達に視線を向ける。


「既にこの屋敷には小間使いの女中Aと女中Bの二名の役立たずがいる」


 言われた通り先ほどの香耶と同年代位の若い女中がいる。

 一人はサバサバとした雰囲気の男勝りな背の高い少女、もう一人はいかにも大人しそうたが妙に気品がある。そしてその大人しさ、憂いを秘めた雰囲気はよく知る人物を少し思い出させる。

 ちなみに香耶に水を掛けたのは後者だ。

 

「貴様はその下、うちの役立たずにつけられた安いオマケだ」


「役立たず共!このオマケのチンチクリンについて質問はあるか?」


「頭ぁ、そいつ名前は?」


 男勝りの女中が手を挙げ質問する。


「没落貴族の貴様に大層な名前はいらん!安いオマケのチンチクリンで十分だ!」


「チンチクリン!復唱!」


 女中頭はそう香耶に言ったが香耶は従う気は無い。


「私は……斎森香耶で……」


「言葉の意味が分からんようだな!身体に叩き込む必要があるな!」


 言い終わる前にババアの声が轟く。


「粛正!!」


 そう叫ぶとババアは香耶の尻をひっぱたいた。


「うぐぉ!!?」


 あまりの痛さに香耶は前のめりに倒れる。


「チンチクリンだが意外にまぁ立派だな」


 一瞬触れただけで女中頭は香耶の尻を把握した。


 どうやら他に質問は無いらしい。

 毎回直ぐに新入りは居なくなるような所なので若い女中達もあまり香耶には興味が無さそうだ。


「では、休憩は終わりだ!愉快な奉公の始まりだ!持ち場に戻れ!役立たず共!」


「私は……?」


「安いオマケの貴様に指示を出さねばならんかったな。指示も無いのに勝手に何かやる馬鹿では無いようだな。ついて来いチンチクリン!」


 香耶は納得いかないがもう従うしか無い。

 圧倒的な力の前にひれ伏すしか無い無力さを曲がりなりにも今始めて実感した。




 案内されたのは蔵の前に並べられた幾つもの大砲の列。


「これは……大砲……?」


「オマケにしては物を知ってるな。これらは我が厳格な家が保有する兵装だ!」


 流石は武闘派、戦闘民族と呼ばれるだけある代物だ。


「これらの掃除を任せてやろう!光栄に思え!心して取りかかれ!」


「え?こんなのどうやって……」


「そんな事もわからんのか!!女学校で何を習った!?」


「大砲の掃除なんて普通に生きてたら知らないわよッ!!」


「それにしても貴様は口の聞き方がなっとならんな?安いオマケのチンチクリンには先ず再教育の調教が必要か?」


 女中頭は再び手を翳す。

 

「……大砲の掃除なんてわかりません……」


 今まで味わった事のない威圧感と恐怖を香耶は感じ取った。

 あの力でまた尻を引っ叩かれてはたまったものではない、


(えっとこういう時お姉様は先ず謝罪を……)


 これまで姉の美世に対してしてきたことの何百分の一、いや何万分の一を今自分は味わってる事が何となく香耶は感じ取る。

 これからこのいかついババアに散々虐められる事だろう。


「申し訳……」

 

 香耶は頭を下げ、そう言おうとした時だった。


「謝罪は不要だぞオマケのチンチクリン」


 まるで香耶の心を読んでるかのようにババアは話す。


「その場しのぎの謝罪は不要。謝罪は繰り返していれば今のお前のように安いオマケになる」


「……!!」


 美世の姿が香耶の記憶を横切る。

 事あるごとに姉の美世は謝罪をしていた。

 顔を合わせれば美世の謝罪。

 美世の謝罪を聞かなかった日はない。

 香耶はそんな美世に苛立ちすら感じていたが今、この女中頭が言った事が妙に解る気がする。

 

「見ていろオマケ!!こうやるんだ!!」


 女中頭の指導は口こそ悪いが解りやすい物だった。

 そしてその作業は丁寧かつ速い。

 伊達に年期の入った女中頭では無い。


「後は貴様がやれ!チンチクリンのオマケ!」


 香耶は黙々と作業を始める。

 次第に香耶の手や顔は大砲の煤塗れになった。

 今までの人生でここまで汚れた事があっただろうか?

 汗水流して作業をした事があるだろうか?

 今まで何もかも身の回りの世話、家事は女中がやっていた。

 そして虐げていた姉、美世もだ。

 そんな美世を本人の前で揶揄し嘲笑した事もある。

 鍋を掃除して顔が煤に塗れた姉、美世を嘲笑い、蔑んだ事もある。

 今、この自分を見たら姉、美世は滑稽だと嘲笑うだろうか?


「……なんでお姉様の事なんて思い出すのよ……」


 淡々と作業する中、香耶は思わずそう呟く。


「!!」


 何となく女中頭に聞かれたらマズいと思ったのか、香耶は周囲を見渡す。


(ずっと監視してる訳では無いわね……?作業に集中……)



黙々と作業を進めて暫く時間が経った時だった。


「休憩を挟め!馬鹿者!」


「おぁぁ?!」


 女中頭が後ろから現れる。


「貴様の家が使用人をいかにこき使ってたが解るな。ぶっ通しでやらせても効率が下がるだけだ!覚えておけ!」


(いや、アンタ散々長距離歩かせて直ぐに仕事させてるじゃない?)


 香耶は心の中でそう突っ込む。


「補給の時間だ!さっさと手を顔洗って来い!」



「戻って来たか!速やかに休息と補給、始めッ!!」


 食えと言わんばかりにそこには餡パンと竹の水筒が置かれている。


(休憩しろだのさっさとしろだの訳解んないわね……。でもお姉様はもっと理不尽な状況だったわね……)


「……オマケにしては丁寧に仕事をするでは無いか。早くにコツを掴んだな。要領は悪く無い。意外に真面目か貴様」


 掃除された大砲を目にすると女中頭はそう言った。


「当然でしょう?私は要領も良いですし女学校では優等生でしたからね」


 そう自信有りげに香耶は水筒の水を飲み、餡パンを頬張る。


(……何この餡パン……今まで味わった事無い位に甘くて美味しい……)


 香耶はその味に驚く。

 気力が全身に漲るようだ。


「我が厳格な家に古く伝わる特製の餡パンだ。戦場でも役立つ携帯食だ」


(餡パンが出てきたのは最近でしょうが……)


「貴様の過剰な自信がこの家でどこまで通用するか見ものだな。精々精進と研鑽を積んでおけ!!」


 そう言い放つと女中頭は去っていく。


「さて、残りもやるか……」




 すっかり日は暮れていた。

 指示された大砲は全て掃除を終えていた。


「オマケにしては随分と頑張ったではないか」


 相変わらず口は悪いがそれなりに認めた様子だ。


「元お嬢にしてはやるじゃねえか。ずぶの素人って訳でもねぇみてぇだな」


 背の高いボーイッシュな雰囲気の女中Aが香耶の仕事を見てそう言った。


「女中A!お前はいつから素人でなくなった?!評価は厳格な家の女中には不要だ!さもなくば荷物をまとめろ!」


 女中頭の罵倒も女中Aは慣れた様子で聞き流す。


「………」


 大人しそうなもう一人の女中が香耶を見る。


「何か?」


「……ここまで残った人を見たは……その……始めてだからその……」


「始めてって……貴方此処はどのくらい……?」


「二年もやってこの程度でうろたえるのか?女中B!貴様はいつまで新参のつもりだ!」


「……すみません……」


「私の言葉にいちいち謝罪するなと言っている。無闇矢鱈にそうしてると謝罪の価値が下がると何度言わせる?!」


(あーーー……この感じ知ってるわ……。この娘、雰囲気とか似てるわーーー……)


 上背は若干女中Bの方が香耶より高いものの年は同じくらいだろうか?

 顔つきこそ違うが大人しく自信が無さ気な陰気な感じである。香耶のよく知る人物を思い出す。


「女中頭様、詰め寄ってる暇があるなら次に話を進めてください」


「今そうするとこだった。オマケのチンチクリンの癖に私に意見するとは大層立派になったもんだ。明日はもっと楽しい仕事を用意してやる。首を洗って待っておけ!!」




「役立たず共!愉快な本日の奉公は終いだ!飯を補給して身体を清めて寝ろ!恋バナは禁止!夢の中で妄想していろ!」


「え?……終わり?」


「あのババア、偉そうだけどやる事はしっかりやってんだよ」


 家主達の身の回りの世話は女中頭が全て行ってる。大口を叩くだけあって仕事が超人的である。


「……あの人、人間なの……?」


「バケモンだよ。そんな事より飯だ」



「こ、これは……」


「……頂きます……」


 目の前にあるのは牛鍋丼である。

 味噌汁と漬物付き。


「これは……三人分が三つ?」


「一人分です……」


 女中Bが他より小さな丼ぶりでゆっくりと食べている。


「女中Bは少食だからな。美味えぞ」


「……これ、肉入ってるじゃない……」


「?別に普通だぜ?厳格な家やこの辺じゃ昔から肉を普通に食ってるとかなんとか」


「……蛮族の食事……」


「残すなよ?殺すぞ」


 一瞬女中Aが凄んでそう言った。

 体格こそ良いが雰囲気的にいい育ちとは思えない。

 食うや食わずの過酷な環境で生きてきたのだろう。


(……美味しい)


 香耶は一口肉を口に運ぶとそう感じた。

 未だ牛鍋は富裕層でもあまり普及はしていない。

 むしろまだまだ野蛮な食べ物だ。

 だがその認識は改めねばなるまい……。


「残すなって言っただろが。殺すぞ」


「欲しければあげるわよ?いくら何でもこれ以上食べたら太るわよ」


 香耶は太らぬよう食事には気をつけていた。贅沢な暮らし故に高価な食事を残すことは常だった。

 だがその時、女中頭が現れ、木の棒が香耶の頭に振り降ろされ、破片が飛び散る。


「お残しは許しまへんで」


 とそう呆然とする香耶に忠告する。


「……食べ終わるまで終わりませんよ……」


 女中Bはそう震えながら食事を口に運ぶ。

 曲がりなりに考慮されてるのか量こそ他の分より少ないが細身の彼女にとっては辛いのだろう。


(……奉公先で太って来たらいい笑いものだわ……)


 香耶はそう言いそうになるが思うだけにした。

 必ずしも女中頭は心を読んでいるという訳でも無いようである。




「くはぁ〜〜〜、お風呂がこんなに気持ちいいなんて〜〜〜〜〜」


 湯船に浸かる香耶から自然とそんな声が出る。

 厳格な家の土地からはなんと温泉が出ている。源泉かけ流しの露天の大浴場があり家の者だけでなく使用人も使うのだ。


「こんな立派なお風呂、使用人に使わせるなんてね。どういう了見なのかしら?」


「厳格な家は郎党配下と共にある!運命を共にする者と同じ湯に浸かるのは当然だ!」


 と、女中頭の真似をする女中Aが真っ裸で目の前にいる。


「ちょっとやめなさいよ!びっくりしたじゃない!」


 香耶はそう女中Aに注意すると周りを警戒する。


「本物は何処かで見てる……のかしら?」


「あの人は神出鬼没だから……」


「おーい行くぞ!」


 女中Aはそう言うと助走をつけて湯に飛び込む。


「何してんのよ!?」


 飛沫を浴びた香耶は再び怒る。


「楽しいぜ?お前もやれよ?」


「やるか!前を隠せ!前を!」


「女同士なんだしいいだろ?」


「そういう問題じゃ無いわよ!女同士でも羞恥心や恥じらいはあるものよ!」


 女中Aは今一つ香耶の言う事が理解出来ない様子だ。


「泳ぐな!」


 女中Aは広い浴場を泳いでいる。


「ただでさえ面倒くせぇ風呂なんだからちっとは楽しもうぜ?」


「面倒くさいって……」


「女中Aちゃんは元々孤児だったからその……」


 雰囲気からお世辞にも女中Aは香耶の思うまともな生活を送って来たとは思えない。


(お姉様より酷い暮らしだったのは明白ね。……まただわ。思い出したくないのに)


 一方で女中Bは大人しいのもあって妙に品性を感じる。高貴な育ちでは無い事は解るのだが。


「………」


 女中Bはじっと香耶を見つめている。


「何?」


 香耶は今、その事が気になった。


「いや、その……結構豊満な身体してると思って……」


 他人に身体を見せる事など無かった故にそんな事を言われたのは始めてだった。


「いや、贅沢な暮らしで太り気味なんじゃ……」


「そんな事はありません!殿方は豊満な身体に惹かれるものです!」


 女中Bは羨ましそうにそう香耶に言った。


「そんなものかしら?殿方が好むとしたら貴方の方では無くて?」


 全体的に華奢で白い肌の女中Bは姉の美世を思い出させる。

 姉の裸は見たことが無いのだが。


「私の知ってる人がそんな感じだけど数多の男を誑かしてるわよ?」


「………」


「殿方にも好みはありますもの。気にしても仕方ないわ」


 豊満だと言われても香耶に本気で惹かれたという男を彼女は知らない。

 婚約していた幸次の心もまた美世にある事は解っている。


「それに仕草や行事も大事よ」


 と、香耶は女中Bと共に豪快に湯船に浸る女中Aを見つめる。


「うぇ〜〜〜い。極楽極楽……」


「いいもの持っててもあれじゃあね……」


「………」


「?」




「………布団って結構重いわね……」


 自分の布団は自分で敷く。今まで全て使用人任せだった香耶にとってもこれは始めての体験だった。

 そして天気が良い日は必ず干す決まりになってる。


(半日なのにもの凄く疲れたわ……。とにかく、明日も早いし直ぐに寝……)


 香耶が布団に入ろうとした時、香耶の顔面に枕が飛んでくる。


「……ちょっ……女中Aちゃん?」


 女中Bは女中Aを制止しようとするも既に女中Aは枕を投げた後だった。


「厳格な家流の歓迎だぜ?」


「こんなの無かったよ?!」


「昔はあったって頭が言ってた」


「ぬんっ!」


 女中Aの不意を突くように香耶は枕を投げ返す。


「お?だがまだまだだな。ほれ!」


 だが女中Aは投げられた枕を片手で受け止めると直ぐ香耶に投げ返す。

 だが身構えてた香耶はそれを受け止め、投げ返す。

 その後は枕投げの応酬だ。


「あの、二人ともやめ……うぶっ!」


 止めようとする女中Bの顔面に流れ玉の枕が当たると女中Bはそのまま倒れる。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「たぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 枕投げで激戦を繰り広げる二人の叫びが響く。




「はぁ……はぁ……」

「……やるじゃねぇか……」


 二人とも寝巻きは乱れ、へたり込んでいる。


「もういいでしょ……早く寝……」


「そんじゃ俺の勝ちって事で……」


「何を!!」


「おら来いや!!」


「それまで!!消灯!!」


 突如現れた女中頭によって終わった。



 翌朝。


「さて、新入りのオマケ。先ずは初日を生き延びたのは褒めてやろう」


「どうせ辞めることも出来ないんでしょう?」


「荷物をまとめて逃げ出したくなったらいつでも構わんぞ?」


「………」


 香耶は何も返さなかったが強情で負けず嫌い故にもうとことんやってやるという気概が伝わってくる。


「貴様の今日の仕事はこれだ!」


 香耶に用意されたのはその為の道具一式。ゴム手袋やマスク等の防護用の身に着ける物もある。


「誉れある便所掃除!!有り難く、そして心して取り組め!!」


 道具や防護を一式装備した香耶は妙にサマになっている。


「お、香耶坊。今日は楽そうだな?代わってくれよ」


 そんな香耶を見た女中Aはそう語りかけてくる。


「………」


 『楽そうな仕事』と言った女中Aの言葉が引っかかる。

 初日で思い知ったばかりだがこれから先、更なる大変な仕事があると考えると気が滅入るが落ち込んでいてもどうにもならない。


(久堂清霞に嫁いだお姉様よりはマシだと考えよう……)


「女中A!便所の糞を舐めたくばいずれお前にも順番が回ってくる!室内の掃除、飯炊きの上等な仕事をこなしておけ!」


 この厳格な家では温室育ちの香耶にとってこの先、更なる過酷な試練が待ち受けている。

 この過酷な試練のような奉公を完遂する事が出来るのだろうか?


 それは誰にも解らない。


「さぁ!本日も楽しい奉公の始まりだ!!」


 女中頭の声が響く。


 まだ香耶の厳格な家での奉公は始まったばかりである。



 

 

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