第40話 エピローグ

 自室のベッドに寝転がって電灯を眺める。

 今日は本当に色んなことがあった。

 パンツ泥棒の濡れ衣を着せられて、ピニャと喧嘩して仲直りして、乙女協会に入ることになって。

 そういえば、日暮の意外な一面を知るハメにもなったんだった。


 けど、仕方なかったとはいえ、悠馬に告白して振られた事実が消えてなくなることはない。


「明日からどんな顔して会えばいいんだよ」


 腕で目を塞いでひとりごちる。


「もう、今までの関係じゃいられないよな」


 他者と一線を引く悠馬が、俺を友達に選んで、お前となら前に進めるとまで言ってくれたのに……。

 信頼を裏切ってしまったかもしれない。

 今回のことが原因で、また彼の時間が停滞してしまったらどうしよう。

 ……いや、きっと大丈夫だ。悠馬の周りにいるのは何も俺だけじゃない。五人のメスブタが、なによりピニャが彼を見ている。時間はかかるかもしれないけど、悠馬はきっといい方向へ向かっていけるはずだ。そう信じられるだけの信頼がピニャにある。それだけの強さを悠馬は持っている。


「……嫌われてなければいいな」


 思わず漏れた本音。

 彼は俺の告白にどんなことを思ったのだろうか。

 悶々とする、深い泥水の中に身体が沈み込んでいくような感覚。

 メスブタたちの手前、元気に啖呵を切ったけれど、俺はすでにヒロインレースから脱落した場違いの部外者に過ぎないのではないだろうか。マイナスな思考がぐるぐると巡る。わざと大きくため息をつく。けど心は晴れなかった。心はどんよりと濁って曇っている。


「寝て起きたら元通り」


 呪文のようにそう言い聞かせて部屋の電気を消そうとした、その時、ベッドの脇に置いたスマホが震えた。

 電話の呼び出し画面。

 そこに踊る四つ文字、煌々と輝く『手塚悠馬』の名前。

 さまよう指先。

 電話を手に取り、弱気になって出るか迷う。

 逃げて何になると心を奮い立たせ、意を決して受信ボタンを押した。


「もしもし」

『もしもし。夜遅くにすまん湾太郎。ちょっと話したいことがあるんだ』

「あ、ああ。どうした?」


 緊張で喉がカラカラに乾いていく。

 水気の薄くなった唇を舐めて悠馬の言葉を待つ。

 絶縁を言い渡される、そんな嫌な妄想が頭を掠めた。

 低く響く声がスマホを揺らす。


『湾太郎、夕方の告白は、本気だったんだよな?』


 ヘソの上の部分がキュッと痛む。

 なんとか声を絞り出して俺は答えた。


「……本気だよ」

『そうか。……言葉が足りなかったと思って連絡した。俺の気持ちを聞いてくれるか?』

「聞かせてもらえるなら、いくらでも聞く」

『わかった』


 内臓がひっくり返りそうな感覚に陥りながら、懸命に携帯から溢れる音を耳で拾った。

 彼は語る。


『今まで俺は恋愛をしたことがない。けど、恋愛対象は女だと思うし、湾太郎に告白された今もその考えは変わっていない。だから告白に良い返事をすることはできない。ほんとうにすまん』

「いや、いいよ。仕方ないと思ってるし」

『えっと、その……これを言うのは恥ずかしくて、照れるんだが、……俺は湾太郎に告白されて嬉しかった』

「え?」

『俺はお前のことを友達だと思っていた。それも特別な友達だ。たまたま似た境遇で、それぞれがそれぞれの辛さを分からないなりに分かり合える存在だと思っていた。だから俺は湾太郎と友達になりたいと思った。失うくらいなら、傷つくくらいなら、そう考えていた俺が、はじめて一歩踏み込む気持ちになれたのがお前だった』

「……」

『正直、重い男だと思われていると考えてた。面倒なやつに目をつけられたって、そう思われているんじゃないかって心配していたんだ。けど、湾太郎は、こんな俺を好きだと言ってくれた。友達どころか、恋愛対象として見るまで、俺のことを受け入れてくれいた。それが嬉しかったんだ』


 まるで都合の良い夢の中にいるような心地だった。

 低音のバリトンボイスが鼓膜を揺らす。


『湾太郎と恋愛関係になることは、今の俺には考えられない。それは事実だ。けど、今回の一件でお前のとの仲が気まずくなるのは絶対に嫌だ。俺は友人として、お前のことが大好きだ。だから、湾太郎が苦しくないのなら、これからも俺と仲良くしてくれないか?』


 溢れそうになる涙を堪え、唇を噛み締めて、電話だというのに首を縦に振る。


『俺の隣にいてくれ、湾太郎』


 息を呑む。

 鼻を啜りながら俺は答えた。


「悠馬がそう言ってくれるのなら、ぜひよろしく頼む」

『ふっ、そうか。ありがとう』

「こちらこそ、ありがとう。嫌われるかと思ったんだ。気持ち悪いって避けられるかと思ってた。それなのに──」

『──馬鹿言うなよ。俺はな、お前がやっと一人目の友達なんだ。数少ない友達をそう簡単に嫌ったり、気持ち悪がったりするもんか。……暑苦しくて鬱陶しいと思われても、俺はお前に付き纏うからな、湾太郎』 

「……っ、そっか。そっか。これからも、よろしく、悠馬」

『よろしく、湾太郎。じゃあ、また明日』

「また明日」


 電話が切れる。

 頬を抓った。

 うち頬を歯で噛んだ。

 痛覚がある。

 夢じゃない。

 俺と悠馬の関係は、終わっていないんだ。


 魂が震える。心が燃える。全身から活力がみなぎった。

 ゲイをカミングアウトしてもなお、悠馬は俺を受け入れてくれた。大切なはじめての友達だと、失いたくないと、わざわざ電話をかけてきてくれた。そこにはしっかりと結ばれた絆があった。友情があった。簡単に壊れない強い繋がりが存在した。

 俺の元々の恋愛作戦は、悠馬との交友を深め、徐々にその関係値を恋愛に発展させることだった。今回の告白で破綻したかに思われたその作戦も、いまだ続行の芽があることが確認された。それどころか、悠馬は俺の好意を理解した上で関係を続けたいと進言してくれたのだ。紛れもない進歩だ。たとえ悠馬が女性しか恋愛対象として見れないのだとしても、それは現在の話でしかなく、もしかすると俺と同じように何かのきっかけで『覚醒』に至るかもしれない。

 そうなれば、最後に笑うのは──。


「やる気、出てきたぜ、おい」


 日暮奈留。

 昼間瞳子。

 片瀬比奈。

 左近寺遥。

 金井晶。

 それぞれが大いに魅力的な五人のメスブタ。

 手塚悠馬を囲む美少女ヒロインたち。

 けれど。

 性別という壁がある。

 友情の向こう側へ辿り着く方法なんてまるでわからない。

 それでも。

 恋する乙女協会の六人目として、彼女たちに並び立つひとりの男として、手塚悠馬を諦めない。

 ベッドに寝転び、輝く電灯を掴むように手を掲げる。


「──どけ、美少女メスブタども! 俺がヒロインだ!」


 喉を鳴らして笑うように、掌の光が明滅した。

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どけ、美少女ども!俺がヒロインだ! 二見猟太郎 @hiza800

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