第39話 六人目のヒロイン
荒れに荒れた円卓会議は、俺のピニャへの献身が認められ、日暮が罪を自白し制裁を加えられたことで終幕を迎えようとしていた。五人のメスブタがテーブルを囲むように座る。片瀬が端っこに置かれていた椅子をとなりに寄せて「ハチ、ここ座って」と言うので俺も彼女たちと面を向き合わせていた。
鼻にティッシュを詰めていてもなお、ミュシャの描く女性画のように美しい日暮が「改めて」と口を開く。
「今回はお騒がせして申し訳ありませんでした。片瀬さんの言う通り、一ヶ月間は手塚くんに近づかないわ。それとハチくんに『何でも言うこと聞く権』を受け取ってもらうことで、いつでも私のことを裁けるようにしてもらうわ」
鳶色の瞳で頷く俺たちの様子を見渡してから「それと」と彼女は言葉を継いだ。
「片瀬さんやハチくんへ与えようとしていたペナルティはすべてなしということで良いわよね。今回の件で、ハチくんが本当に昼間さんに好意がないことを理解できたし、手塚くんのことが好きだということも思い知らされたわ。それは私たちの共通認識ということで良い? まだ彼のことを信用できていない人はいるかしら?」
みなが各々「信用してる」と口にして、俺の方へ視線を送る。
隣に座るピニャが嬉しそうに俺の鼻をギュッと摘んだ。
痛てっ、なんだよ。
「あたしたちのことメスブタとか言ったからその罰ね。これでチャラ」
そして、ガラリと明るい表情を落として、悲痛な面持ちを浮かべた彼女は懺悔を述べるように語る。
「あと、ハチのこと信じてあげられなくてごめんね。ハチはずっとあたしに本当のことを言ってくれてたんだね」
「いや、土壇場まで悠馬が好きだってこと黙ってたから仕方ねぇよ」
「それでもだよ。ちゃんと目の前のハチを見るべきだった。真剣な顔をしているあなたのこと、しっかり見れてなかった。だから、ごめんなさい」
頭を下げるピニャ。
続くように、昼間瞳子が声を上げる。
「ぼくも犬神に謝らないとな。冤罪なのに思いっきり殴って悪かった。おまえの言い分をろくに聞かずに自分の思い込みだけで悪者だって決めつけてた。先入観があってまっすぐ見れてなかった。これからは、犬神のこと、ちゃんと見るよ。あんな告白見せられちゃ、信じざるを得ないって感じだし」
初めて見る表情、いたずらっ子のように白い歯を見せて、にししと昼間が笑顔を見せた。
ふと、気づく。
空気が柔らかい。みんなの態度が、温かくなっている。
片瀬はすでに知っていたが、他の四人は俺がゲイであることをはじめて知った。だというのに、バカにする気配や気持ち悪がる様子がまるでない。むしろ、心のうちをぶちまけた俺へ理解を示してくれているような雰囲気があった。
なぜだろう。
その疑問の解答は、金井によりもたらされる。
テーブルに拳をコツンと叩きつけて注目を集めた彼女が言う。
「なあ、提案があるんだが、犬神がゲイだってことココだけの秘密にしないか? 破ったら乙女協会追放。どうだ?」
咄嗟に漏れた疑問。
「え? なんで?」
物分かりの悪い悪ガキを諭すように長い襟足を掻きながら彼女は答えた。
「なんでって、あんたもわたしたちと同じ悠馬を好きな人間じゃん。仲間だよ、仲間。ゲイって学校の連中にバレるの面倒だろ? ここで話を留めておけば済むのなら、仲間のために黙っているのが人の心ってもんじゃないの?」
「いいっすね、賛成っす。仁義は大事っすからね」
左近寺がしきりに頷きながら金井の言葉に賛同した。
俺は思わず心のうちを吐露する。
「……俺のこと、変だとか気持ち悪いと思わないのか?」
ピニャが膝の上に置かれた俺の手をギュッと握った。桜色の瞳が包み込むように優しく俺を見つめている。
斜め左から聞こえた声、昼間が断言する。
「思わないよ。むしろ、ようやく悠馬の魅力に気づく男が出てきたかって感じだ。おまえが恋するのも仕方ない。悠馬はそれだけカッコいい。だから、ぼくたちと同じ感覚を持っている人間を認めはすれど拒否なんてするわけない」
「昼間さんの言う通りね」
鼻の穴からティッシュを二つ出す日暮がしたり顔で合いの手を入れた。
リリアナ、どうやら俺はめちゃくちゃラッキーみたいだ。
どうしようもなく溢れてくる涙を拭って、俺は善玉メスブタたちに頭を下げた。
「ありがとう。助かる」
「よかったね、ハチ」
「ああ」
俺の髪の毛をぐしゃぐしゃかき乱して頭を撫でていたピニャが「そうだ!」と大きな声をあげた。
「せっかくだし、ハチも恋する乙女協会の会員にしようよ! 悠馬を好きな者同士、こっからはライバルってことで!」
何をバカな。
認めたくはないが、俺とお前たちじゃ前提条件が違うじゃないか。
こんな美少女五人と競り合うのは同性だとしても難しい。
「私は賛成よ」
「ぼくもいいよ」
「あっしも」
「わたしも異論なし」
「よーし、じゃあハチは乙女協会六人目の会員ね!」
「いやいや、ちょっと待ってくれ」
慌てて俺は立ち上がる。驚きに引っ込んだ涙の痕跡をゴシゴシと拭き取って理を説いた。
「ここがどういった場所か詳しいところまでは知らないが、俺はもう悠馬に告白して振られているんだぞ。しかも俺は、……悔しいが、……男だし。お前らとは前提条件から話が違う。そんな人間が、お前らのライバルなんておかしいだろ」
鼻息だけで鼻からティッシュを飛ばした日暮が、挑発的に鳶色の瞳を細めて俺を見る。
真剣な顔で面白いことするなよ、気が抜けるだろ。
「あら、ハチくんは男だからという理由で諦めるのね。女じゃないから仕方ないって納得できるのね。なら別に乙女協会へ入ってもらわなくて結構よ。いくらでも辞退すればいいわ。……別に一度振られたからってすべてが終わるわけじゃない。手塚くんがあなたのことをどう考えているかなんて彼にしか分からないのよ。だったら、挑戦し続けてもいいんじゃない? 私たちは真剣に手塚くんに恋しているあなたなら、ここにいるにふさわしい存在だと考えているわよ。男だとか女だとか関係ない。あなたは、私たちが危機感を覚えるに値する、素晴らしい人間だと私は思うわ」
ねぇ、と彼女は円卓を見回す。
メスブタたちはブヒブヒとまんざらでもない態度を示した。
……なんだよ、それ。
……わかったよ、ここまで言われて逃げたとあっちゃ犬神湾太郎の名が廃る。
あらゆる迷いや戸惑いを吹っ切って、俺は彼女たちに気炎を吐いた。
「後悔するなよ、俺が悠馬をもらっていくからな」
円卓を囲む少女たちが不敵な笑みを浮かべて俺を見据える。
桜の花びらが散り、新緑を湛える五月の中旬。
春風が吹き込む第二文芸部室。
芽吹きを促す光の帯が窓から差し込み円卓を照らす。
こうして、俺は、恋する乙女協会の一員となったのだった。
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