第4話 魂の楽園
魂の終着点――パラディオル。
数多ある世界の少しだけ下層、かつ交流地点に存在しており、他の世界から落ちてきた人や物で発達した技術や情報を手に入れて発達してきた世界。魂の終着点とも魂の楽園とも言われていて、人の肉体と魂の境目が他の世界より曖昧であるが故に、
元々番人という呼び名は、楽園の番人であるという意味合いからきている。実際のところは楽園どころか資源や上の世界から落ちてくる人や物、技術、時には番人や導き手を国家間で奪い合ったりするために、番人同士を戦わせるような事もあるような世界だけど。ロディネ達がいるのは、そんな世界にある国のひとつ、アニマリートという国だ。
「ま、この辺は史学とか思想学とか宗教学辺りの話だから、俺もあんまり興味なくて詳しくはないんだ……興味があるようなら本を借りてきてもいいし、落ち着いたら研究課に行ってみてもいいかもな――……って危なっ」
ぶんぶんと力強く首を横に振る1人と1匹。髪切ってるんだから危ないってば。
ネロが塔にやってきた次の日。
朝食を摂ったあと、消し硝子とカーテンが陽の光を優しく通す部屋の中、ロディネは痛んだネロの髪を散髪しながらそんな事を話していた。研究課は落ち人も多数所属しているから遊びに行ってもいいかもと思ったのだが、本当に勉強嫌なんだなと逆に感心してしまう。
資料によるとネロは、管制長が言っていた通り本当に12歳。落ち人もしくは落ち人の子孫と思われる、との事だ。
落ち人とは、言葉のまま、上にある他の世界から落ちてきた人の事で、貴重な知識や技術を持っていることが多い。そのため保護等について取り決めたパラディオルの国家間共通の法律があるのだが、保護対象の落ち人と認定されるのは7歳以上だ。7歳未満の子どもは元からこの世界にいる人間と変わらないとの判定で特別扱いにはならない。ネロはこの世界の孤児と同じように生後半年頃より孤児院に収容されて育てられた。一応国へ孤児として報告はされているし、無償の予防接種や健康診断は定期的に受けた記録があるので一応孤児院の体は成しているようだ。教育もされているので読み書きや四則計算は出来るそう。
なら表向きは普通の孤児院をして補助金を貰いつつ、裏でバレない程度に番人や導き手、容姿のいい子なんかを売ったりして私腹を肥やしていた部類の孤児院だろう。こういう部類の孤児院の取り締まりは昨今厳しいから相当上手くやってたんだろうけど、ネロの能力が想定より高くてどうしようもなくなった、ってところか。そうでなければ半年近くもあんな状態で放置するわけがない。
栄養や睡眠不足が後々の成長に影響が出ないといいんだけどな……と思いながら、しょきしょき鋏を動かしていると、あっという間に切り終わった。あんまり切りすぎると後で修正が効かないから、これくらいでいいだろう。
「よし、出来たぞ。お疲れ!」
「ありがとう……え、と……先生」
指導担当のロディネの事は先生と呼ぶように教えたが、慣れないながらも素直に呼んでくれている。いい子だ。クロスを外して床に落ちた髪の毛をモップで片しているその隣で、ネロとわんこはうずうずしている。
「か、鏡見てきていい?」
「むしろ行って確認してくれ」
わんこと一緒に鏡のある場所へぱたぱたと走って行ったネロは、ばっちり! 先生凄いね! と笑いながら尻尾を振るわんこと一緒に戻って来た。
「ふっふーん凄いだろ。伸びて粗が出てきたら次はちゃんと美容師に切ってもらおうな」
うんうん。
さっぱりしたし傷んでるところが減っていい感じ。
今日はネロを医官に診せて、調理師と話して……あとはネロの指導育成についての
「今日は昼から、塔にいる医官……医者にネロの体の状態を診てもらうんだけど、その前に
「
「導き手は番人に共感し、心を読んだり伝えたりする能力がある。それらを利用して番人の能力の調整をするんだ」
そして番人と導き手は自分の脳や精神、心――魂を守るために、文字通り
「昨日ネロを捕まえた時にやったのがそうだよ。ネロはまだ自分で綺麗な盾が構築できないから、俺がやり方を教える。昨日の方法は緊急のやり方だから、普通のやり方を教えておこうかと」
お互いの魂の深層に近づくと番人と導き手は自分達だけの
「慣れるまでは変に感じるかもしれないけど、我慢してくれな」
「分かった」
わんこはそわそわしながらも、床にいるつばめの隣でおすわりしている。ロディネはそれを横目に、頷くネロの手を握って話し掛けた。
(……ネロ、分かるか? )
(――! 分かる、けど……何かへんな感じ……)
目の前にいるのに口も何も全く動いていないから、最初は凄く違和感があると思う。
(最初はどうしてもなー……。とりあえず"俺の方に来て"って感覚、分かる?)
(何となくは……)
ネロの意識がこちらへ向いたのを確認し、ロディネは自分の盾に触れさせる。
(分かった?)
(分かる。先生に触ってるけど、触れない感じ……)
(おっ! すごいすごい。じゃあ自分の盾も分かるだろう。触ってみ)
(分かった)
(……俺のを触った後、自分の触ってみてどうだ?)
(……がたがたしてる感じがする)
(んー……もうガタガタしてんのか。まあ昨日のは応急処置だったからな。ガタガタを直して綺麗に均一にするのを想像してみて。こう……滑らかに伸ばしてく、みたいな)
(やってみる)
悩んで悪戦苦闘しているが、何となくそれっぽい感じにはなっていってる。やはり不完全でも自力で盾を構築出来ていただけあって、飲み込みが早い。
(出来た……? )
(うん。ほぼ出来てる。上手い上手い)
そう誉めつつちょっと粗を整えていく。でもこれならよほど消耗するような事をしなければ大丈夫だろうし、すぐ慣れてくれそうだ。
「よし。よく出来たな!」
「ちょっと疲れた……」
「じゃあ昼飯までひと休みするか」
ロディネは休憩がてら、試しに飲み物を用意した。甘いのは嫌いじゃないとのことなので、ホットミルクに蜂蜜を入れて混ぜる。大丈夫だったら次はココアを入れてみよう。
「匂いは大丈夫か?」
「……うん、大丈夫。久し振りの牛乳だ……」
「大丈夫なら、味とか熱さとか大丈夫か飲んでみて。あと俺の珈琲の匂いも大丈夫か?」
「大丈夫……美味しい……」
ネロは昨日の食事の時と同じように、また泣き出しい、きゅんきゅんとわんこも鳴いている。それをいつの間にか床に降りたつばめが慰めていた。
「盾を構築して保つのと導きに慣れれば、こんな風に香りの強いものも平気になるからな。飯がきたら起こすから、それまで……あ、そうだ」
ネロが休んでる間に仕事をするとして、先に言っときたい大事なことがあったんだった。
「ネロ、名前はどうする?」
「……どうするって、どういうこと?」
「んー……孤児院ってさ、ちゃんと名前つけてくれるところもあるけど、適当に色とか見た目の特徴とか動物の名前とかで付けてることが多いから、本人が嫌なら院から出る時に変える事が出来るんだよ」
ネロならまあ、普通に人の名前としてもあるから特別変える必要はないと思うが希望の確認は必要だ。
「先生の名前は"ロディネ"だよね? 先生の名前は何て意味なの?」
「ロディネは"つばめ"って意味だ。俺は孤児院で呼ばれてたそのまんまだよ」
ロディネって呼ばれるより前は、目が赤いからか"
「……確かに藍色の髪に赤い目ってつばめの色と同じでぴったりだ。先生色も白いし」
「色が白いのは気にしてるんだよ……。まあでもそうだな。魂獣もつばめだったし、気に入っていたから変えなかったんだ」
真剣な顔をしているネロ。側にいるわんこも大人しく尻尾を振っていて、つばめはその隣で今日もちゅぴちゅぴ囀ずっている。普段はこんなに鳴かないのに本当ご機嫌だ。
「……ネロって、変?」
「いいや? 単刀直入だとは思うけど、
「じゃあこの子も黒いしそのままでいい」
「了解。じゃあ飯来るまで休んでな」
ネロはこくりと頷いてわんこと一緒に寝室に入っていく。ロディネはそれに軽く手を振って見届け、ネロの資料の気になった点を纏めたり、色々と届出関係を作成する作業に入った。
昼食後、ネロは医官の診察を受けたが体の栄養が足りていないということ以外は特に問題ないそうで、ロディネは一先ず胸を撫で下ろしたのだった。
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