『ワリぃな。こっから先は追加料金だ』~魔力ゼロの悪徳便利屋~

あお

第1話『ワリぃな。こっから先は追加料金だ』

「ほう、ただの薄汚いガキどもかと思ってたが、噂通りの腕前だな。……まったくどんな育ちをしたらこんなことが出来るのか、我々貴族には想像もつかないよ」

 はは、と笑いながらそう言いやがったのは、今回の依頼主の男性貴族モルガンだ。

 満月が綺麗な夜。

 モルガンの豪邸が建つ敷地内の森との境界、そこに山積みにされた大イノシシの屍を見つめ、彼は笑っていた。

 ここは辺境の地ではあるが、モルガンは一代で富を築いた貴族だ。

 まだ五十過ぎだと聞いてるが、髪からツヤは消え、特注のスーツをパンパンにふくらませている。町には米の上に家畜の肉を乗せたメシがあるが、そこでそれをかっ喰らってる客もこんな体格のやつばかりだ。

 ロクに働かないで自己管理の出来ないクズどもはだいたいモルガンのような体型をしてやがる。――だがこいつには仕事の才能があった。それは出自か、はたまた時代の波なのかはわかんねぇ。けどこいつはたった一代で巨万の富を築いた成金貴族様でオレたちの客。その事実だけはかわんねぇ。

 大イノシシの退治という”オレたちにとっては簡単”な依頼に五百万ノブレスをぽんと出せるのだ。

 国の平均年収が四三〇万ノブレスだから、いかにこのブタ野郎が別次元の人間かがわかる。今のところ強者はこのブタだ。

「大イノシシが出たと領民がうるさくてね。それで今回は君に依頼したんだよ。……えーっと」

「フォールスだ」

「そうそうフォールス君だったね。それと家来の女もご苦労だった」

 オレのすぐ後ろで、ハンナは小さく首を縦に振った。肩まである金髪に麻のローブを纏った少女はオレの相棒だ。

「それにしてもどうやって大イノシシをやっつけたんだ。大人のハンター数人でやっと一頭を仕留めることが出来るってのに。最初に仲介人から聞いた時には驚いたがいや、世の中結果がすべて。素晴らしいよ。さすが達成率100%の便利屋だ」

 オレとハンナは十七歳と十四歳だ。どんなに仕事が出来ても大人の信頼を得るには難しい。だから仲介人を経由して貴族とつながるのがいつもの手段だ。そして結果させ見せてしまえばあとはどうにでもなる。

「こう見えて鍛えてるんっすよ。育ちが悪いもんでこっちの方だけには自信があって」

 オレはたいして筋肉の付いていない腕を軽く叩く。

「そっちの女はどんな仕事をしたんだ? 見たところ優秀な魔法使いってわけでもないだろう?」

「……ああ、こいつの出番はこれからなんでね」

 意味がわからない、といった顔のモルガンにオレは間髪入れず確認を入れる。

「にしてもアンタみたいな貴族様は大変だな。領民の作物を守るために獣退治もしないといけないんだろ? アンタが仕事をしてくれるからオレらみてーな底辺はメシにありつけるってわけだ」

 すると気分を良くしたモルガンは葉巻を取り出し火を付けると、

「大切な領民の資産を分けてもらって、私も生活させて貰っているからね。彼らの声には耳を傾ける領主だからね」

「なるほどねぇ」

「ところでフォールス君。君の実力は素晴らしい。だが私の発注は大イノシシ退治は五十頭。あと十頭ほど足りていないようだが。実力を信頼して前金で五百万を支払っているんだ。ちゃんと仕事はしてくれるんだろうね?」

「もちろん。契約通りならきっちり仕事はしてやるよ。けどよ、アンタ、オレに嘘をついてないか?」

「な、なんのことだ」

 焦ったのか葉巻を吸ってむせ始める。

「オレらは育ちが悪いから頭もワリぃんだ。だから勘違いだったらすまねえんだけど――あんた、今回の一件、自作自演だろ?」

「……な、何を言ってるんだ!」

「最近はどこも税金が上がって、領から離れる領民が後を絶たないって話はアンタなら知ってるよな?」

「そ、それがどうしたと言うのだ」

「貴族様は税収を増やしたい。だがそうすれば領民が減って税収が下がる。そこでアンタは考えた。獣使いを雇って大イノシシを村に放ち作物をあらす。すると当然領民はアンタにこういうはずだ『大イノシシをなんとかしてくれ』ってね。アンタは領民に『畑を守るための費用だ』と金を集め、次の日にはイノシシの死骸を町に送る。すると、なんということでしょう! 領民は『領主様! 領主様!』の万歳三唱で人気も獲得。裏では集めた金から自分の利益を差し引いて、獣使いとオレ等に金を払う。なかなかいい事業計画だよなぁ?」

「なななななっ! なにを根拠に! だいたい証拠はあるのか!」

 モルガンは葉巻を地面に叩きつけ激昂する。

「おい、ハンナ」

 ハンナは無言でローブの内側から球体を取り出す。遠くの魔力を探知して目の前で起きていることを伝えたり、声をとどめておくことの出来る魔道具だ。


『それにしてもモルガンの旦那も悪いこと考えますね』

『滅多なことを言うんじゃない。君たち獣使いは私のいうことを聞いて仕事をしてくれればいいんだ』

『貰った分は仕事しますよ。村の畑に十頭ずつですね』

『領民は殺すなよ? 集めるかねと税収が減る。そしたらお前たちの仕事もなくなるからな』

『わかってます。今後ともお付き合い、よろしくお願いしますよ、モルガンさん』


「なんだこれは!」

「あんたの声だろ?」

「そういうことじゃない! ……こ、こんなことをしてただで済むと思っているのか! 私はモルガン家の当主だぞ!」

「まてまて。話はこっからだ。――オレたちは正義のみかたじゃねぇ。金が欲しいだけだ。そしてアンタはこの事実が表に出したくない。そうだよなぁ?」

「なにがいいたい……」

「オレは強い。けどよぉ、大イノシシ五十ってのはさすがにキツイんだわ。だからもう五百。今すぐ準備してくれたら、この証拠はぶっ壊して残りの十頭も納品してやるよ」

「このクソガキ共……平民の分際で貴族様を脅すというのか!」

「脅す? オレたちは契約通りに仕事をする。けどよぉ、事実を隠して仕事をさせるのはよくないよなぁ? これってオレらも善良な領民を騙す片棒を担がされてたわけだろ? 貴族の領主様がしていいことじゃ、ねえよなぁ?」

「うるさい! お前ら平民は貴族に納税だけしてればいいんだ! とにかくあと十頭なんとかしろ! 私は領民に約束してしまったんだ!」

 ったく。

 ただただ肥え太って吠えるだけの清々しいクズ野郎だ。

 この規模の領地なら、今の半分の税収でも一生贅沢な暮らしが出来るはずだろうに。

 醜い欲望を体現した体がどこまでも膨らむように、人間の欲もまた際限ってやつがねぇみたいだ。

 ――ま、んなこたどーでもいいか。オレたちはオレたちの流儀を通すまで。


「ワリぃな。こっから先は追加料金だ」


「だれが払うか! おい!」

 モルガンが大声を上げると、森の暗闇から音もなく人が現れた。

 黒いフードで顔を隠しているが全員が手練れ。武器は魔弾を込めた銃や魔法の杖、それにダガー……ってところか? 人数は九人か。

「彼らは一流の殺し屋だ。お前らを殺して証拠を隠滅、五百万も返してもらう。やれ!」

 モルガンの声と同時に暗殺部隊が一斉に詰めてきた。月光の元、一瞬だけ刃が光る。それが数本、そして無詠唱だが強力な魔法を練り始めたやつもいる。

 ひりついた空気の中、オレは拳で空気を叩いた。

 ガンッ!

 という音がしたかと思うぐらいの衝撃が拳に伝わり、暗殺者たちは一斉に吹っ飛び大木に直撃する。

 今日の”伝達率は二割”ってとこか。……ハンナのやつも結構キレてんな。

 今の一撃で殆どが気を失い、残った一人も剣を構えて闇雲に突撃してくる。

 振りかざされた剣を指で弾き折ると、オレは空いた手でもう一度空気を叩く。

 最後の一人もその場で気絶した。

 モルガンは、

「ききき、きさま……何をした!?」

「何って? ちょっと魔力を込めて空気を叩いただけだよ。アンタご自慢の殺し屋はその衝撃で全滅ってわけだ」

 ゆっくり歩き、驚きに腰を抜かしているモルガンを見下ろす。

 ちょうど月明かりの逆光で”今のオレの髪色”がはっきり見えたんだろう。奴は驚きながら、

「ぎ、銀髪の少年!? フォールス、きさまは黒髪だったはずだ!」

「魔力が”通る”と色が変わるんだ。どうだ? オレはこっちの方が好きなんだけどなぁ?」

「お前……まさか!? 《銀髪の悪魔・シド》なのか!?」

 銀髪の悪魔。

 誰が言ったかはわからねえ。だけどそんな小っ恥ずかしい通り名は旅をしてれば聞こえてくる。

 貴族ばかりを相手にする依頼達成率100%の便利屋。

 それがオレ、シドの正体だ。

 オレはモルガンの首を掴んで立たせると、

「御名答、もちろんフォールスも偽名だ。――さて、オレらは育ちも頭もワリぃからよぉ、これ以上アンタの言うことは理解できねぇ。だからついこの手に力が入っちまうかもしれんぇんだけどよ――追加で五百払うよな?」

「……は、払う! だから命だけは! 命だけは!」

 オレは首を締める手に力を入れる。

 モルガンは死ぬと思った恐怖からか、泡を吹いて気絶した。

「ったく。くだらねー」

 ドサっと地面に落とした瞬間、ハンナが供給してくれた魔力が切れて髪色が戻る。

 この世界、魔法は誰にでも使える。だけどオレにはその才能がない。

 だから大きな魔力を持っているハンナから魔力を借りて戦っている。

「ハンナ。供給二割はやり過ぎじゃねえか?」

「……こいつらクズだから死んでもいいかなって」

「オレを人殺しにするな」

 だけどハンナはもうその話題から興味を失ったのか、倒れたモルガンと殺し屋たちを指差し数える。

「九……デブ含めてちょうど五十。どうする?」

「どうもしねえよ。こいつの屋敷から金持っていくぞ。あと魔道具に残った声は新聞社にでも持っていけ」

 ハンナはコクリと頷くと、オレとともにその場を去った。


 翌日の朝刊に差し込まれる形での号外で、モルガンの金稼ぎは公になった。

 今頃はあいつの屋敷の周りには多くの領民が集まっているだろう。

 ま、どうでもいいんだけどよ。

 オレとハンナは合わせて一千万の大金を袋に入れて、ある村の前に到着する。

 するとここの年老いた村長とその妻がオレたちの前に現れた。


「シドさん、ありがとうございます」

「じーさん。あんたの情報通り、屋敷に侵入したら案の定だったよ」

 モルガンのやり方に気付いたのはこの村の村長だった。だが憶測で証拠がない。

 しかし村長が言うには、イノシシの出現と狩られるイノシシがどうにも不自然だと言うのだ。若い頃にはハンターをしていた村長の言うことは信用できる。

 それにオレたちは貴族を倒したい。

 利害は一致し、村長から五百万で「モルガンの悪事を暴いてほしい」と依頼があったのだ。

 オレたちの真の依頼はこっちだったのだ。

「成功報酬の五百万です。受け取ってください」

 分厚い札束を村長が差し出してくる。

 彼の妻は「あんた、こんな大金を」といいたそうな顔をしている。そりゃそうだろ、こんな村に金があるとは思えない。この金だってきっと借金をしたんだろう。

「ありがたく貰っておくぜ」

 それを受け取ると、

「ああ、それと渡すもんがある」

 ハンナに視線で合図をすると、彼女は袋から一千万を取り出し村長にわたす。

「……これは?」

「追加料金。ここと周辺の村がモルガンから取られた分だ。あんたらもついてねーよな、くだらねー領主の元で暮らしてよ」

 村長とその妻は鼻をすすりながら、

「シドさん……あんた……あんた……」

「ったく。泣いてる暇があったら村長集めて返してやれ」

「ありがとう……本当に、ありがとう、ございます」

「礼なんてやめてくれ。オレたちは貴族様の足元見て大金をぶんどる悪徳便利屋なんだからよ」

 オレとハンナは手を振る村長たちに軽く振り返すと村を去った。

「シド」

「なんだよ」

「モルガンどうなるの?」

「さあな。しばらくは裁判で引き伸ばすだろうなぁ」

「ほんとクソ。やっぱ昨日殺しておくべきだった。あの九人も。一晩あれば大イノシシが骨ごと食べてくれる」

「だから殺しはなしだって言ってんだろうが――オレたちは貴族(あいつら)と同じにはならない約束だろ」

 身分は人を殺す。

 そんな時代をオレは、オレたちは許したくない。

「次はどうするの?」

「隣の町で依頼だ。移動する」

「……馬車乗りたい」

「わかったよ」

 ぐったりしたハンナの手を引っ張ると、オレは馬車を求めて歩き出したのだった。


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