第五話 駄菓子屋

 昼休みに桝井とご飯を食べるという貴重な経験をし、今は放課後。彼女から一緒に帰ろうなんていうメッセージが来たら断ろうかと思っていたが、来ないのでほっと息を吐いていた。


 教室の掃除が終わるとすぐにその場を去る。下駄箱で靴を履き替え、校門を出る。ふと後ろを向くと彼女がいてさすがに驚く。これはあれか、ストーカーというやつだろうか。


 いや違う。校門の近くで話しかけると目立つから生徒がいなくなった時に話し掛けるつもりだな。


 俺は桝井の思案を汲み取り、生徒が通らない道に向かう。


 ここは俺が休みの日にたまに来る駄菓子屋がある道で周りは田んぼだらけ。一応、住宅街だがこの道を通る生徒はいないだろう。


 俺は後ろを振り向き、まだ付いて来ているであろう桝井に声を掛けた。


「やっと気づいてくれましたか池嶋さん」


「いや、ずっと気付いていたけどね。……配慮してくれたんだろ? ありがとうな」


「いえいえ、これくらい当たり前のことですよ。それにしてもこんなところに駄菓子屋さんがあるなんて知りませんでした」


「俺も高校に入学してから知ったんだよ。道に迷った時に巡り合ってから結構通ってる」


「なるほど、池嶋さんのお気に入りのお店ですね。覚えました」


「なんというかさ、都会にはない雰囲気で好きなんだよな。周りはたんぼで囲まれていて嫌な喧騒もなく、店主のおばあちゃんも優しくて落ち着くし。暇な時にふらっと立ち寄りたくなるんだよ」


「……なんかそれ、分かります。お世辞にも綺麗な外観とは言えないですけど、だからこそ風情を感じるというか。古き良きな建物って感じがします」


「分かってくるか同士よ」


「池嶋さんの好きな物が知れて嬉しいです」


 なぜか俺たちは握手を交わしていた。最初に手を差し出したのは俺だった。


「それでどうする? せっかくだから寄っていくか?」


「もちろんです。私、駄菓子屋さんというのに興味があります」


「もしかして初めてだったりするのか」


「初めてです。なので物凄くワクワクしています。やはり初めての経験というのはどんなことも楽しく感じるものですね」


「じゃあ入るか」


 俺は桝井を連れて中に入る。すると店主のおばあちゃんが声を掛けてくれた。


「お、いつも来てくれてる少年じゃないか。こんにちは」


「こんにちはおばあちゃん。お元気そうで何よりです」


「はは、私はいつも元気だよ。目標は100歳まで生きることだからね。それより少年、今日は彼女さんを連れて来たのかい?」


「ちが――」


「彼女の桝井麗沙と言います。初めましておばあちゃん」


 丁寧に頭を下げて挨拶をする桝井は俺が否定する前に言葉を紡いだ。ニヤリとしているので確信犯だろう。


「やはりそうかい! いや~、少年も隅に置けないねぇ~。こんなに美人な彼女がいるなんて」


「いや~、……ははは」


 頭を掻きながら苦笑することしかできない。彼女ではないからである。しかし雰囲気的に嘘ですということもできず。


「将来はもちろん結婚するのかい?」


「もちろんです! 将来を誓い合った仲ですから!」


「ラブラブじゃないか! いや~、若者の恋愛は眩しいねぇ~。私もこういう時代があったものだよ」


 めちゃくちゃ盛り上がっている。おばあちゃんは桝井が俺の彼女であることを信じ切っていた。今更否定するのは難しいだろう。暫く彼女はおばあちゃんと恋愛トークに花を咲かせ一区切りつくと、俺と一緒に駄菓子を悩まし気に選んでいた。


「コンビニやスーパーで見たことのあるものも、ちらほらとありますが見たことのないものもありますね。何かおすすめとかあったりします?」


「珍しいもので言うとこのお菓子かな」


「なんかヨーグルトみたいなお菓子ですね」

 

「実際、ヨーグルトの味がするからな。もちろん本物じゃなくて風味がするだけだが」


「……デザインも可愛いしこれ買いましょうか」


 どうやら桝井はヨーグルト風味の味がする駄菓子が気に入ったようだ。他にもコーラグミやピリ辛なタラ、ロールケーキ、ラーメンを揚げたお菓子を購入していた。俺は食べ比べできるように彼女が選んでいないものを会計に持って行った。


「全部で330円ね。特別にラムネをサービスしてあげるよ」


「そんな、悪いですよおばあちゃん」


 おばあちゃんの親切に俺は慌ててそう言うと、


「はは、少年はいつも来てくれてる常連さんだからね。その常連さんに彼女ができたとあらば祝福したいと思うのだが普通だよ。まぁ、祝福と言っても私にできることは駄菓子をサービスすることくらいだけどね」


「……おばあちゃん、ありがとうございます」


「ありがとうございます」


 俺はおばあちゃんに心からの感謝を込めて言葉を口にした。桝井も同じように謝辞を述べる。


「また来てくれよ少年、それとお嬢ちゃん。私の老後の楽しみは二人を見守ることだからね。……それとお嬢ちゃん」


「?」


 おばあちゃんは手招きして彼女の耳にそっと何かを呟く。小声で聞こえないが桝井はそれに一瞬大きく目を開き、申し訳なさそうな顔をした後、おばあちゃんに何か言われたのか瞳に闘志を燃やし、ガッツポーズをしていたのだった。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

美少女をナンパから助けたら仲良くなりました。 麻婆豆腐 @111myamya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ