「そうだ、先に。松方 免許取得おめでとう〜」
パチパチパチ、と走り出した列車の中、窓際に座ったあたしの陽気な祝福の拍手が鳴る。
「ありがとうございます」
驚いているのか照れているのか、頷くように頭を下げる松方。
「結局今回は僕の運転じゃなく予約してくれていた竹永さんに甘える形になりましたが」
「何を。免許取り立て初っ端から遠出じゃ松方も楽しめないだろ、これは松方の大学入学祝いでもあるんだから」
それにこの列車も乗ってみたかったんだよな〜とまだまだ都会の景色を眺めて口元が緩む。
「入学祝いはもう充分貰ったのに。竹永さんこそ、お誕生日おめでとうございます」
「ありがと」
去年の誕生日は、一年後、こうして松方と一緒に居られるなんて望むのも烏滸がましいくらいだったから。今日、今、この瞬間が胸いっぱいになるほど心から幸せだ。
「こちらこそ、大切な日を一緒に過ごさせてくれて…ありがとうございます」
「ぅぐ」
「竹永さん?」
「何でもない…」
列車の二人席ってこんな近かったっけ? と意識してしまうくらいには物理的に距離が縮まった松方、は、心臓にダイレクトアタックを決めてクる。あたしは、松方が目の前のテーブルに差し出してくれたハムとチーズとレタスのサンドウィッチをもそもそと口に運んだ。
別に、誕生日当日なんて平日だったらフツーに学校行ってフツーにバイトしてちょっと家族に祝ってもらって終える程度のものだ。そんな大層なものじゃない。
「免許取得祝いに、昼ご飯はあたしの奢りで——な、何」
切り替えて、何度も眺めた今日向かう日帰り入浴もやっている宿のランチビュッフェを思い浮かべながら言うも、松方の視線に気付いて口籠る。
「今日も可愛いなぁと思って」
「……!!」
その口が開いて、危うく口の中のサンドウィッチごと落としそうになった。
「やめろぉぉ」
半分照れて半分怒って、これ以上後ろに引けない背凭れに強く寄り掛かる。松方は、ふとご機嫌でそっちのが可愛い笑顔を魅せた。
「たくさんお祝いしてくれるんですね、竹永さん」
「そりゃ、そうだろ…。あたしがしたくてそうしてるんだから、松方は一々礼云わなくていいよ」
「大好きです」
「バッ…!」
「おにぎりはいくらと鮭と、ツナマヨコーンサラダがあります」
「……次は松方が先選びなよ…」
本当、いっつもいつの間にかペースが持っていかれてる。
さっきも今食べている物とカツサンドとで選ばせてもらったばかりだ。松方はすんなり「じゃあ、竹永さんがいくらと鮭で」と、ぎっしり海苔が巻かれて、三角の頭頂部にはちょこんと中身を表すいくらと鮭の乗った方を目の前に差し出した。
一瞬で高い方を寄越したのではという疑いが過ぎったが、すぐにそれが今あたしが食べている物と似通わないよう配慮されたものだと解った。
これじゃあ松方が選んだ事にならないじゃん。
「松方は食べものの好き嫌いとかないの」
すっごく今更だし、何となーくの、バイト先でよく食べてた物とかは知ってるけど。訊いたこともあったかもしれないけど。
「…」
止まってしまった。考えているようだ。
「思いつかないですね」
えぇ〜…。そんな人いるんだ。
「でも、竹永さんがいて食べるものは自分がこれを好きだったのではないかと思うくらいには美味しいなと思います」
松方はそう言って、ツナマヨ何ちゃらのラップに手を掛けた。しれっとさっきのカツサンドは食べ終えていてそこも早いんかいと謎ツッコミを心の中でしてしまう。
「竹永さんは韓国料理好きですよね」
「え…? あぁ、うん。別に辛いものが得意ってわけじゃないけど、好きだな」
「前に韓国フェアやっていた時 夕勤前によく食べていたから」
「そうだっけ」
憶えてない。それは、いつの話だろう。あたしが松方を好きになる前の話だろうか。
「キンパとかならあるかと思ったんですが」
やっぱりちょっと悄気たような松方に「全然これ美味しいよ。ありがと」と口を動かす。
「じゃあ、大学はどうよ。楽しい?」
またしても松方に比べて相手の事を知れていない自分が何だか悔しく感じて、次の質問に移った。
席を取った時は流れゆく景色を松方と見るのを楽しみに思った筈なのに、いざ乗ると、話ばっかりしちゃうもんなんだな。
「…そうですね、楽しいです」
「そりゃあよかった」
「竹永さんは…」
再度松方は訊き返そうとして、恐らくその質問をやめた。
それには首を傾げたが、松方の視線があたしから背後の景色に移り変わって、その視線の先を追うことになる。
「あ…!」
年下ダーリン(仮)は、酷くあまく無遠慮だ III 鳴神ハルコ @nalgamihalco
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