第三十一話 - 幼気
「えっ松方もう下いるの! まって、今急いで階段降りて——」
《 時間余裕あるからゆっくり降りてください 》
スマホ片手に片耳に、人待たせてそんなわけにいかないだろと階段を駆け降りていると《 転ぶから 》と何処かから見ているかのような落ち着いた声が続いた。顔を上げると、階段下にブラウンのトレーナー姿で小さく手を振る松方がいて心臓がギュッとなって、
最後の段で蹴躓いた、日帰り旅行当日。
「グァッ」
「あ——っぶな……! 大丈夫ですか」
「ん、ごめん、大丈夫」
だははと手を後頭部に笑うと、軽く受け止めてくれた松方が注意深く情けないあたしの足首を見た。
「大丈夫だって。おはよ。…で、それ何? もう何か買ってきたの」
「おはようございます。これは電車の中で食べる軽食です。竹永さん、朝ご飯食べてきましたか」
「いや食べてないけど」
食べてない、けどー! 待ち合わせ朝早めなのに家まで迎えに来るとか言う安定の松方にそんなことしたらあんた何時に家出んのよってことで駅のホーム待ち合わせを半ば無理矢理了承させたのに〜〜!
こいつ…一体何十分前に駅着きやがったぜってぇ早く来ただろ…と指先にぶら下げた紙袋を見つつ謎の怒りが湧く。
「朝。早く目が覚めて、早く支度が整ったので乗車位置の確認も兼ねてちょっと早めに来たら案外早く確認できて時間が余ったのでご飯買っただけです。ちなみに夜もちゃんと寝ました。寝不足で早く目が覚めたわけじゃないです。中身はサンドウィッチとおにぎりです。サンドウィッチはフルーツもあります。あ、パンも甘いのがあります」
「わかったよ。アリガトウ」
とにかく松方が何でも早いのと多分それ買い過ぎなのはわかったよ。
あとあたしはしっかり寝不足だよ。しっかり目ぇギンギンで眠れやしなかったよ。内緒だけどな。
その乗車位置とやらは案外早く確認できただけあって、丁度降りてきた階段の近くだったらしい。あたしたちは足元の印を前に肩を並べた。
「やっぱ土曜日だからかまあまあ人居るなー」
周囲を見渡すと、自分たちと似たような感じの人がちらほら。
「そういやぁ天気。あたし、生まれた時大雨だったらしくて心配だったけど晴れて良かったわ」
「そう…ですね。あ、これも。時間あった時の為に一応観光も調べてみました」
一瞬、変な間が設けられた気がしたが、松方がリュックのポケットから取り出したB5サイズの紙に意識が持っていかれる。
その紙にはびっしりと黒一色の何やら綺麗な字が書き込まれていて、よく見ると確かに観光の情報らしい。
「旅行雑誌買ってみて、竹永さん行きたいかなと思った所を書き出してみました。雑誌本体もリュックの中に入ってます」
「えぇ…凄すぎる…。松方字綺麗だな…」
「絵心なくて。字ばかりで見難くてすみません」
「いやいやいや…」
一応日帰り温泉と特急券の予約だけしてURLを松方に送り付け、温泉の種類を眺めてムフムフ満足していたあたしとは大違いだ。
「松方、思ったより楽しみにしてくれてたんだな。
ありがと」
思うと同時に口に出して見上げると、松方が何か口を開きかけた。
でもその先はやってきた列車の音に掻き消されてしまう。
「乗りましょうか」
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