朝のホームルーム(4)

「だいたい、なんで先生にあれを預けなかったの? 落し物は職員室に届けるのが決まりだろ」

「だってさぁ、別に床に落ちてたわけじゃないもん。ロッカーに置いてあっただけ」

「はいはい、静かにしろよ。白野、おまえ、このスマホがあることにいつ気づいたんだ」

「……今朝です」

「今朝なんだな」

「……今朝です。さっき、ロッカーを確認したら、置いてあったんです」

「昨日確認したときは? 玉井が見つけるまでに、おまえは気づいていたのか?」

「いや、気づいていませんでした」

「昨日、最後にロッカーを確認したのはいつだ?」

 じりじりと白野青人を追い詰める渡辺先生に、松本穂香が「先生、それって、真相を確かめる上で、何の意味があるんですか?」と言った。

 先生は瞬間、眉間に皺をよせて、何かを考えている様子だった。

「内容が、内容だから。調べ上げないとさ」

「そしたら、そのスマホの持ち主を特定することが大事じゃないんですか?」

 そうだ。その通りだ。先生の詰め方が、なんだか遠回りな気がする。渡辺先生の立場からすれば、持ち主は誰なのか、はじめに訊ねてもいいはずだ。

 けれど、渡辺先生はそれができない。あのスマホの持ち主が私であることに、気づいているからだと思う。

 渡辺先生はいま、この事態をどのように対処するのかで頭がいっぱいなのだろう。自分の立場を安全なままに、どのようにすれば事態が収束するのかで頭がいっぱいなのだろう。

 それもそうだ。私は渡辺先生と、教師と生徒の関係にあるまじきことをした。それは、今年の夏休みに入った直後だった。なぜしてしまったのかは、あまりよく思い出せない。

 確かに、私は渡辺先生のことが好きだった。

 しかし、彼に触れられたいと思ったことは、果たしてあっただろうか? 私が一度でも、あの大人の硬そうな手で、触れられたいと思ったのだろうか?

 記憶をよびおこす。しかし、いつまでも不鮮明のまま。

「せんせー、おれら受験生なんですよ? もういいじゃないですか?」

 ぼうっとしていたが、クラスメイトの声で、ホームルームの戦争に心がかえってきた。

「進学校だから、朝の時間も勉強にあてろよって、いつも言っているのは先生じゃないですか」

「そうそう、ゼロ限目!」

「ゼロ限目おわっちゃいますよー」

 時計の針は、朝のホームルーム、「通称ゼロ限目」がもうすぐ終わることを示していた。

 だんだんと、クラスメイトたちは気怠くなってきたのだろうか。余計なことを考えずに、ただ机に向かいたいのだろうか。それからも、クラスメイトたちからは、いくつかの不満があがった。

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