朝のホームルーム(3)
「まず、このスマホを発見したのは玉井だな?」
「はい、そうです」
渡辺先生に促され、玉井静香が控えめに声をあげた。普段、クラスの中心にいる人間とは思えないほど、小さな声量だ。彼女が何を考えているのか、私はときどきわからなくなる。
「悪いな、玉井。立ってくれるか。そして、このスマホを発見したときの状況を教えてくれ」
玉井静香は、ズズ、っと椅子を鳴らしながら立ち上がった。
「そのスマホは教室のロッカーで見つけました」
「うん。ロッカーというのは、ロッカーの上でいいのか? それとも、誰かのロッカーの中なのか?」
「白野くんのロッカーの中です」
ここまではみんな承知の上だと思う。玉井静香は、昨日の放課後に、白野青人のロッカーに置いてあった私のスマホを見つけた。放課後といっても、帰りのホームルームの直後だったから、クラスメイトのほぼ全員が、まだ教室にいた。
玉井静香が大きな声でそれを示すまでは、教室にはいつもの明るさが満ちていた。
玉井静香が、滑るように私のツイートを読み上げていくと、教室の誰もが色を失っていった。いや、正確には私の身体の皮と肉だけが透明にされていったのかもしれない。同時に、玉井静香の気強さも消えていき、彼女は途中で読み上げるのをやめてしまった。
なぜ、彼女はごくわずかな時間で、私のスマホのパスワードを解除することができたのだろう。そのスマホの持ち主を、彼女の頭の中で数人に絞り込んでいるとしか思えなかった。パスワードは渡辺先生に関連する数字に設定していたからだ。
時間の止まった教室の中で、玉井静香の眼球と、画面をスワイプする右手だけが、恐ろしい速度で動いていた。そして、その冷気が、今日の朝のホームルームまで続いている。
私にとっての問題は、なぜそんなところに自分のスマホがあったのかということだ。そして、みんなにとっての問題は、そのスマホが誰のものであるかだ。
「そうだな、白野のロッカーの中にあった。この点について、白野、おまえ何か意見はあるか?」
クラス中の視線が、今度は白野青人に向かう。この男の顔立ちも爽やかで憎めない。サッカー部で青春時代を過ごした人特有の格好良さがある。今の、この教室に、光など、ない。ないけれど、不自然に彼が眩しい。
「俺、知りません。まったく身に覚えがないです。昨日の放課後に、おれは教室にいなかったし」
「とかいって、本当はこのスマホの持ち主が気になって仕方がなかったんじゃないの? 好きだったんじゃないの?」
玉井静香がおどけてそんなことを言う。
「そんなわけないだろ」
別にそこまで全力で否定しなくてもいいのに。まぁ、いいや。どうせ、白野青人は、このスマホの持ち主が、私であることを知らない。
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